研究紹介

経済学研究科 経済学専攻 菅原宏太教授 インタビュー

「人口減少社会での地方財政のあり方について考える」

変わる地方行政サービス提供のあり方

先日(2017年6月12日)、とても小さな村のことがニュースの話題になりました。高知県大川村が、村議会を廃止し「村総会」を設置する検討を始めたそうです。大川村は人口約400人。次の村議選で定数6名を満たせない可能性も出てきたため、村総会への移行が選択肢の一つとして俎上に乗ったようです。もし実現すると、有権者が予算や条例を直接審議することになります。大川村のように人口が1000人に満たない村は全国に28団体(2016年現在)あります。また、日本創成会議によって全市区町村の49.8%にあたる896団体が「消滅可能性自治体」にリストアップされました。今後これらの中から大川村に追随する自治体が出てくる可能性は低くないと思われます。人口減少や少子高齢化によって地方自治の根本が問われる時代になってきました。

地方議会の存続に係わるような事態は極端な例かもしれませんが、住民への行政サービスすべてを一つの自治体が単独で提供することは、既に多くの地域で困難になってきています。総務省の調査によると、事務機関を共同設置したり他自治体へ事務を委託したりする事務の共同処理の件数は、2006年から2016年の10年間で1,300件の増加(7,576件→8,876件)。共同処理の関係自治体は延べ数で1,240団体増加しています(20,880団体→22,120団体)。忘れてならないのは、その前の10年間に、それまで約3,200あった市町村が平成の大合併によって6割弱にまで減ったという事実です。つまり、存続が危ぶまれていた自治体が市町村合併によって整理統合された後も、共同処理の流れはとどまることなく進行しているわけです。更に、こういった一つ一つの事務についての連携に加えて、より総合的な政策について連携する動きも進んでいます。2009年に構想がスタートした定住自立圏は現在119圏域、2014年からスタートした連携中枢都市圏は23圏域が形成されています。それらの取り組みにおいては、地域の中心市と近隣市町村が様々な事業分野で連携し、圏域全体の厚生の向上を目指しています。従来、地方自治体が提供する行政サービスの範囲は行政区域内に収まっていました。私たちの支払う地方税はその行政サービスへの対価という意味がありました。しかしながら現在では、直接的には税を払っていない近隣自治体から行政サービスを提供されるという事例がそれほど珍しいことではなくなりつつあるのです。行政区域を越えた共同処理や広域連携の普及によって、地方行政サービス提供のかたちは多様で複雑なものへと変容してきています。

政策科学としての地方財政学の課題

インタビュー風景

このような地方自治体間の動向に対して、日本の地方財政学は連携成否の要因や持続可能な連携システムなどについて調査分析し学術的な政策提言を示すことができているのでしょうか?例えば、定住自立圏は現在119圏域形成されていると述べましたが、構想当初に定住自立圏の中心市となることを期待されていた候補団体は234市ありました。つまり、スタートから8年経ってもまだ約半分しか形成されていないのです。定住自立圏は市町村合併と並んで人口減少や少子高齢化による問題への打開策の一つと考えられているわけですから、更なる圏域数の増加が望まれます。そのためにどのような制度設計を考えるべきでしょうか?現在の国の財政状況を踏まえれば、補助金の単純な増額は事実上不可能な選択肢です。では地方財政学者は、それ以外に有効な政策を提言できるでしょうか?

残念ながら、現段階ではそれは難しいと言わざるを得ません。なぜなら、行政サービスの供給体制について従来どおりの捉え方をしている研究が未だに大勢を占めているからです。これは、日本の地方財政学者が、補助金を通じた国と地方自治体のいわゆる「縦の関係」に長らく重点を置いており、自治体間相互の「横の関係」をあまり意識してこなかったからです。確かに、「縦の関係」に関する数々の研究成果は日本の地方分権化改革に大きく貢献しました。しかしながら、その頃既に海外の研究者の間では、行政サービスの便益が行政区域を越えるような状況下で地方分権を進めるのは社会的にむしろマイナスであるということが知られていました。皮肉な事に、日本の地方財政学者は、従来からの国内問題に注視し過ぎて地方財政学の国際的な進展から遅れ、そのために国内で現在進行している問題に十分対応できていないのです。日本の地方財政学は今まさに進化の途中にあります。その鍵となるのが、「行政サービスが行政区域を越えること」を前提とした調査分析の蓄積だといえます。

自治体間連携についての研究

日本地方財政学会学会賞

こうした日本の地方財政学の潮流において、定住自立圏形成の成否に関する要因を分析した私の研究は、その先駆性が評価され、日本地方財政学会から学会賞を授与されました(*1)。この研究では、定住自立圏の中心市になることを期待されていながら定住自立圏を形成していない市と、実際に形成した市との間にどのような違いがあるのかを近隣市町村の状況も考慮しながら分析しました。そして分析結果の中で、中心市(の候補団体)と近隣市町村の双方が区域を越える行政サービスを通じて“相互に”便益を享受できているもしくはそれが期待できることが定住自立圏の形成に強く寄与していることを明らかにしました。ここで重要なのは“相互に”であって、近隣市町村が中心市に“一方的に”頼っているような関係ではダメだという点です。至極当たり前のように思えるかもしれませんが、経済学で理論的に指摘されている連携形成の難しさを地方自治体の事例で実証したのは、国内ではこの研究が初めてです。この研究は、定住自立圏形成を促進するような政策提言をすることまではできてはいませんが、上述した相互便益関係の重要性以外にも形成に繋がる要因を明らかにすることで、定住自立圏形成にいたる地方自治体の特性や行動のプロファイルに貢献しました。

実は、この研究に取り掛かるにあたって、私は上述のような行政サービス提供に関する地方自治体間の連携の実態をしっかり観察し、その学術的な意義を明らかにしようなどと思っていたわけではありませんでした。以前に、繰り返しゲームにおける協調解の仕組みを上手く取り入れている理論研究に偶然出会い(*2)、これを実証分析のフレームワークとして利用したいという単純な興味が先にあったのです。天邪鬼な性格の私はそれを実現するために、当時多くの研究者が扱っていた市町村合併ではなく、まだそれほど関心を持たれてはいなかった定住自立圏を取り上げることにしたのです。つまり、幾つかの偶然がタイミングよく重なって一つの研究成果となっただけなのです。

私の個人的な印象では、研究活動の9割以上は地道で退屈な作業です。多くの先行研究文献を漁り、これから取り掛かろうとする研究の参考になるものを探し出す。着想を具現化するために幾つもの分析アプローチを試行錯誤する。実証分析の場合は使用するデータの精査を繰り返す。大学院で修士論文を執筆する際にも行わなければならない作業なのですが、うまく進まずに目標を見失いかけることもよくあります。しかしながら、それらを根気よく続けていると、上述のような偶然に出会えたり独自性の高い研究成果を出すことができたりもします。それが研究活動の醍醐味なのかなと思います。

  1. *1 菅原宏太(2014)「地域間協調行動の実証分析―繰返しゲームからみた定住自立圏形成―」、日本地方財政学会研究叢書第21号、pp.79−105。日本地方財政学会第15回佐藤賞受賞(2015年)。
  2. *2 Itaya, J., Okamura, M., and Yamaguchi, C., 2008, Are regional asymmetries detrimental to tax coordination in a repeated game setting? Journal of Public Economics 92, pp.2403―2411.
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