研究紹介

理学研究科 物理学専攻 米原厚憲准教授 インタビュー

「重力レンズで見えてくる宇宙の姿」

観測的事実に基づく宇宙論をテーマに

天文学というと、子どもの頃から天体観測に凝っていた人が進む道のようなイメージが強いと思いますが、私の場合は少しだけ違っていました。いわゆる理数系が大好きな少年ではありましたが、天文学や宇宙物理学を本格的に学ぶようになったのは、大学に入ってからです。

そのせいか、学生時代の興味は観測的研究よりも理論的研究に傾いていました。研究テーマを選び、その理論を組み立てる中で、理論を検証することができる観測データ、あるいは理論で説明できない観測データに出会います。その違いは何なのか、観測の精度と誤差はどれほどか、データをとることの重要性を痛感し、更に研究を進めるようになりました。自然科学であれば、やはり実証的であるべきで、こうした観測的事実に基づく宇宙論ということで「観測的宇宙論」をテーマに掲げています。

天体の重力がつくりだす超巨大なレンズ

研究テーマの中心となるのは重力レンズ現象です。これは、光が大きな質量のものの近くを通るとき、その経路が曲がるという現象です。レンズを通った光は屈折します。これと似たような現象が、天体の重力によっても起こります。重力によって空間が曲げられるため、光の経路も曲がるからです。重力レンズ現象そのものは、アインシュタインが予測したものです。後に観測によって確認されて、一般相対性理論の正しさの証明にもなりました。重力レンズ現象は、現象そのものの面白さもありますが、実際にそれが「使える」という、天文学では数少ない現象の一つです。何に使うのかというと、天体観測の道具にするのです。

一般に天体望遠鏡は星などの像を大きくするというだけでなく、たくさんの光を集めるということにも意味があります。人が星空を眺めるとき、光は直径7ミリほどの「ひとみ」を通ってきます。口径が70ミリの天体望遠鏡ならば、対物レンズの面積はひとみの10×10=100(倍)、それだけ多くの光を集めることができるわけです。ですから、天体望遠鏡は口径が大きいほうがいいわけです。しかし、実際には、レンズを使った屈接式では口径1メートル、反射鏡を使ったものでも口径10メートルぐらい(ハワイに30メートル級が計画中)が限度です。それが、「重力レンズ」ならば、理屈の上では地球どころか太陽よりもはるかに大きなレンズが手に入るというわけです。

一方で重力レンズは、単純な凸レンズや凹レンズのようなものとは異なり、特異な性質を持ちます。光学的にいえば、ワイングラスの底をのぞきこむようなものです。しかし、重力レンズ現象で我々がとらえることのできる光の量が多くなれば、遠くにある暗い天体をより詳細に観測できるようになります。

重力レンズ現象(シミュレーションモデル)

重力レンズ現象(シミュレーションモデル)

左:実際の天体(2つの銀河)  右:重力レンズを通して見た天体
重力レンズ現象で、1つの銀河が弓なりの形をした2つの像に分かれて見える。

見えないはずの天体が「見えてくる」

重力レンズ現象が見られるのは、地球から遠近2つの天体が偶然ほぼ一直線上に並んでいる場合に限られます。例えば、天の川銀河の中心方向の恒星だと、100万個に1個程度と非常に小さな確率です。それでも、膨大な数の恒星の観測・解析を行うことによって、現在では毎年およそ1000個もの恒星が重力レンズ現象を起こしていることが新たに発見されています。

手前にある天体の重力が大きい場合、あるいは、遠近2つの天体の見た目の間隔が非常に小さい場合、遠くにある光源となる天体の形が輪を描くように弓なりになったり、1つの天体が複数個並んで見えたりします。一方、手前にある天体の重力の影響が小さい場合などでは、このような天体の形の変形や複数の像をはっきりととらえることができないため、光源の明るさが変化している様子がみえます。このように主に明るさの変化として観測される場合を「マイクロレンズ現象」とよびます。

重力レンズ現象を通して遠くの天体を見た観測結果は、実際には重力の分布、すなわち、どこにどの程度の質量があるのかを見ていることになります。恒星は長い年月の間には位置を変え、星座の形も変わります。それは、恒星が銀河系の中でそれぞれ固有の運動をしているからです。また太陽系と同じように、恒星の周りを公転している惑星もあります。このことから、惑星をもつ恒星がより遠方にある恒星の前を横切ることもあります。この時に起きるマイクロレンズ現象による明るさの変化を調べると、恒星だけでなく惑星の存在も分かるのです。

惑星が放つ微かな光を検知することは非常に困難であり、太陽系以外の惑星を直接「見る」ためには、限られた場合を除き、まだまだ高いハードルが横たわっています。ところが、惑星程度の小さな質量であっても、マイクロレンズ現象は生じます。マイクロレンズ現象は後方にある光源を明るく増光するので、遠くて暗い天体でも関係なく観測できます。むしろ適度に遠い方が影響を受けやすく、マイクロレンズ現象が引き起こされる可能性は高くなります。

今まで発見された系外惑星は2000個足らずですが、そのうち20個ほどは「マイクロレンズ法」で発見されたものです。現時点では、全天のうちで限られた領域だけしか観測されていませんが、光源となる天体までの非常に奥行きの深い空間を見ることができる、というメリットがあります。ほかの系外惑星の探査方法では不可能な、非常に遠くの惑星について、その公転半径が大きかったり質量が小さかったりしても検出できます。

神山天文台望遠鏡制御室 1.3m反射望遠鏡を遠隔操作し、カメラや分光装置のデータを記録する。

神山天文台望遠鏡制御室
1.3m反射望遠鏡を遠隔操作し、カメラや分光装置のデータを記録する。

マイクロレンズ法で惑星の存在を継続的に調べるサーベイ観測は、チリとニュージーランドの2か所を拠点に行われています。この観測で見つけられたものを、いくつかの天文台がフォローアップして精密な観測をします。しかし、2つの拠点は南半球に限られますし、その空がいつでも晴れているわけではありません。

本学の神山天文台は、国内屈指の望遠鏡を備えています。といっても、国際級の巨大な望遠鏡には及ぶべくもありませんし、京都の星空は明るく決して条件が良いとはいえません。しかし、マイクロレンズ法では、光源となる天体が見えればよいので、そうした条件でも十分に観測が可能です。しかも、日本付近でフォローアップ観測をしている天文台はほとんどありません。神山天文台の存在は、地理的にも非常に大きなものといえます。

こうした国際的な意義のある観測を担っているのが本研究室の学生たちです。院生・学生が観測計画を立て、それを実行することで、研究の要となる貴重なデータが得られています。

のぞみ見る数百億光年の時空

私たちは系外惑星のような銀河系内の現象だけでなく、銀河系外の重力レンズ現象についても研究を進める、世界でも数少ない研究をしています。その研究対象がクエーサーとよばれる、ブラックホールと深いつながりのある天体です。

クエーサーはその多くが、宇宙の半径の半分程度よりも遠方とはるか彼方にあります。しかし普通の銀河とは桁違いの強い光を出すので、クエーサーも神山天文台で観測することが可能です。クエーサーはこのような非常に遠方に存在しているため、その大きさは非常に小さく、どんな望遠鏡でも本来は1つの点にしか見えません。しかし、クエーサーよりも手前にある別の銀河による重力レンズ効果で、異なる経路からの光が届くことにより、いくつかの像に分かれて見えることがあります。現在このような、多重像を持つクエーサーが約100個ほど見つかっています。

像ごとに光の経路が異なるのですから、地球に届くまでの時間も違います。ある像で見える「時点」よりも、ずっと前の過去や「未来」の姿を同時に見ていることになります。クエーサーは短期間に明るさが変化するので、光の到達時間の遅れよりも長い期間続けて観測を行えば、その様子を比較することで、光の経路の歪み具合が分かり、更には、銀河や宇宙そのものの構造を知ることができます。

また、この重力レンズ現象を起こしているのは1個の恒星ではなく、数千億もの数の恒星の集団からなる銀河です。その銀河の中では恒星が固有運動をして光の経路を四六時中横切っています。そうなると、先ほどの天の川銀河の中で起きるマイクロレンズ現象と同様の現象が、この種のクエーサーには更に重なって観測されていることになります。そしてこの時、クエーサー中心部にある、明るく輝く巨大ブラックホール近傍の様子次第で、マイクロレンズ現象時の明るさの変化の様子が異なります。すなわち、この種の天体はブラックホール近傍の様子を知るための手掛かりを与えてくれる天体である、とも言えます。したがって、これらの研究はブラックホールやダークマター(暗黒物質)の存在を明らかにすることにもつながるかもしれません。

わからない?誰もやっていない!からこそ面白い

インタビュー風景

天文学・宇宙物理学に興味のある人は誰でも本研究室の門をたたいてください。ただ、素直に私の言うことを鵜呑みにする人より、それは違うと口答えするぐらいの人のほうが有り難いです。私がこの世のすべてを知っていていつでも正しいというわけではありません。学生でも大学教員でもアイデアに差があるわけではないと思っています。もちろん、基礎的な知識については、私がきちんと伝える必要もあるでしょうが、いざ研究ということになれば、「教えてもらう」というより、間違っていてもピントが外れていても議論して切磋琢磨しながら学んでいきたい、それが健全な研究環境だと思うのです。どこかに書いてあるからではなくて、わからないこと、誰もやっていないことだからこそ面白いのです。

大学院修了後の進路としては教員や研究者もいいのですが、さまざまな道があると思います。大学院で「研究をすること」それ自体が、素晴らしい経験だからです。コンピュータやデータの扱いはそのまま実践的なものですし、理詰めできちんと思考し結果を正しく判断する、そういう天文学・物理学を通して培った姿勢はすべてに通じるものです。

そして、天文学とは何か、何がわかって何がわかっていないのかを専門外の人に伝えてほしいです。宇宙の存在と誕生、ブラックホール、系外惑星と地球外生命などは、世の人の興味を惹くものです。ただ、それをきちんと理解している人は少なく、おかしな話になっていることもあります。これを正しく伝えるというのも、学問を修めた人の責務かもしれません。

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