研究紹介

理学研究科 物理学専攻 瀬川耕司教授 インタビュー

「量子の世界の不思議をこの目で見る」

低温に関心

人が物理の世界に興味を持つきっかけとしては、現実離れした極限的な環境で起きる、極端な事象を見聞きすることだった、という例が多いのではないかと思います。私の場合は科学に興味を持つきっかけは星を見ることでしたが、高校から大学で学ぶにしたがって、低温に関心が移りました。身の回りにある空気が液体になるというだけでも最初はかなりの驚きだったのですが、量子力学の支配する低温の世界では超流動や超伝導など、この世界の常識だけでは理解しがたい現象が起きます。90年代はまだガラスデュワーが使われた時代でしたので、ヘリウムの超流動は低温の実験家にとって実際に目視できる身近な現象でした。沸騰している液体ヘリウムを冷却すると、ある瞬間に沸騰が全く見えなくなるのです。実際に目にするとたいへんなインパクトがありました。

現在では、超流動のメカニズムはほぼ解明されており、また電気抵抗がゼロになる超伝導も研究の世界ではそれ自体は比較的ありふれた現象になってしまっています。超伝導の場合、研究の対象にするのは何らかの形で「変わった超伝導」でなくてはいけないのですが、ある温度で抵抗がいきなりゼロになるさまを見るのはそれ自体今でも大きな楽しみです。それでも、研究として成立させるためにはこの「極限的な環境で起きる極端な事象」が何の役に立つのか、という感じでいきなり現実との関係が求められます。ただ、それを考えるのは教員の役目であって、大学院生はただひたすらロマンを追いかけてこの世界に入ってもいいのではないでしょうか。

物質の結晶

約1.5K, 8テスラで物性測定が可能な無冷媒マグネットシステム

約1.5K, 8テスラで物性測定が可能な無冷媒マグネットシステム

超伝導などの研究の舞台となるのは物質の結晶です。多くの物質は原子やイオン、分子が規則的に並んだ結晶になっていて、その結晶を作ることが研究の第一歩になります。特に、原子や分子の並ぶ方向が試料全体にわたって揃っているものを単結晶といい、物性物理の本質を研究するために重要なものなのですが、その単結晶を作製することを私は得意としています。単結晶を作製するには多くの苦労があるのですが、高い品質の単結晶は見た目も美しく、できたときは大きな達成感があります。

もちろん、そこにとどまっていてはダメで、単結晶の品質を評価し、電気抵抗率や帯磁率などの物性を測定しなくてはいけません。それも私の研究室では自前の装置で温度は1.5Kまで、磁場は8テスラ(80,000ガウス)といった強磁場で物性測定をすることができます。これらの実験に必要とされる技術やノウハウは数多くあるのですが、他ならぬ自分の作った単結晶ですのでその物性を見たい気持ちが強く、多少の困難は乗り越える学生が多いかと思います。

エネルギーギャップ

現代の物性物理学におけるキーワードとして「エネルギーギャップ」があります。固体物理学では、絶縁体は「エネルギーギャップを持ち、かつ化学ポテンシャルがそのギャップ内に位置する物質」として理解されます。エネルギーギャップの端付近に化学ポテンシャルが位置すると半導体、化学ポテンシャルの位置がエネルギーギャップから遠く、そこに状態密度のある物質が金属となります。これは、金属や絶縁体の常識的な理解とはかなり異なりますが、固体物理の世界の研究者にはごく当然に、感覚として身についています。これは学問を学ぶことによってものの見方が変わる例だと思います。

電流を損失なしに流せる超伝導体は、常識的には金属の仲間のように見えます。「電気を通す」という性質で捉えれば、金属がよく「電気を通す」ので、その究極の存在が超伝導体と言えるからです。しかし、エネルギーギャップを軸にして物質を考えると、超伝導体もエネルギーギャップを持ちますので、これはどちらかというと絶縁体の仲間ということになります。

トポロジカル絶縁体

もう一つ、最近の物性物理の研究では「トポロジー」というキーワードが流行しています。この数年間で発見され、さかんに研究されている「トポロジカル絶縁体」という物質があるのですが、これにもエネルギーギャップが関係していて、エネルギーギャップより低エネルギーの電子が構成する価電子バンドが普通と異なるトポロジーを持つ絶縁体、とされています。このトポロジーの違いのため、トポロジカル絶縁体の表面には特殊な金属的状態が必ず現れます。トポロジカル絶縁体は半分に切っても、その断面はやはり金属になるのです。

このトポロジカル絶縁体がさかんに研究されている理由の一つは、その表面状態がスピン偏極したディラック粒子であることです。これは、表面状態のバンド分散(エネルギーと運動量の関係)が線形であり、また運動量とスピンの向きが対応するという理論的に予言された性質からくるもので、これによって表面状態はただの金属的な状態ではなく、他では見られない変わった性質を示すのではないかと期待されています。

先ほど、物性物理では絶縁体と超伝導体が仲間だという話をしましたが、トポロジカル絶縁体にもその超伝導体版であるトポロジカル超伝導体というものが考えられています。トポロジカル超伝導体は実験的にはまだ確認されたとは言えない状況なのですが、その候補と考えられている物質は存在します。トポロジカル超伝導体も表面状態を持ちますが、その周りが絶縁体ではなく超伝導体なので、低温でのみ存在できるということもあってその検出は簡単ではありません。ただ、この表面状態にはマヨラナ粒子という未発見の粒子が現れることが期待されており、それがトポロジカル超伝導体研究の強いモティベーションとなっています。もともとは素粒子物理学で考えられていた粒子ですが、その発見の舞台が物性物理学になれば非常に面白いことになると思います。また、このマヨラナ粒子の応用によって、量子コンピュータも実現できるかもしれないと考えられています。

(PbSe)5(Bi2Se3)3m 系の結晶構造の概念図。m = 4 は瀬川が発見したもの

(PbSe)5(Bi2Se3)3m 系の結晶構造の概念図。m = 4 は瀬川が発見したもの

大学院生へ

インタビュー風景

東野圭吾による小説に出てくる「ガリレオ」こと物理学者・湯川学は、人の感情などに興味がないような言動を示します。なので、彼は徹頭徹尾、理性で研究を行う人のように思う人が多いかもしれません。しかしよく出てくる台詞「実に面白い」などは紛れもなく、強い感情です。彼を突き動かしているのは感情なのです。

もちろん、科学を研究する手段は高度に論理的でなければいけません。そこでは感情や思い込みを徹底的に排する必要があります。しかし、科学を研究する動機は感情です。物理でも宇宙でも、科学や研究の一端に触れたときに「面白い」「美しい」というように感情がゆさぶられたら、その世界に遠慮なく首を突っ込んでもらいたいと思います。研究はうまくいくことばかりではなく、むしろうまくいかないのが当たり前で、困難にぶつかったときに理性だけで突破できるほど甘いものではありません。強い感情と冷静な理性・論理のスイッチを瞬時に切り替える必要のある高度に知的な営みである研究の世界に、大学院生は気軽に触れることのできる恵まれた立場であるとも言えますので、何か心を動かされることがあったら、とにかく遠慮せずに、飛び込んでもらいたいと思います。

PAGE TOP