研究紹介

理学研究科 数学専攻 矢野裕子准教授 インタビュー

「確率過程の汎関数に関する極限定理の研究」

確率論との出会い

私は確率論の研究を行っています。確率論という分野を志すことになったきっかけは、大学3年生のときに受けた確率論の講義が興味深かったからです。「確率」と聞くとコイン投げやサイコロ投げにまつわるいろいろな確率を求める問題を想像しますが、大学の確率論の主要テーマの一つは「何回も投げ続ける」ことで現れる法則性です。と言っても、コインを何回も投げ続けるという実験をしているわけではありません。数学として定式化するために、「何回も投げ続ける」ということを回数を無限大とするときの極限として捉え、ルベーグ積分論や関数解析学などの解析学の道具を用いるのです。それまでばらばらに習っていたと思っていた専門科目が一つに繋がったような感覚があり、合点がいったというか、面白いなと思いました。私は大学に入ったときから漠然と代数学への憧れを抱いていたので大学4年次のセミナーも代数学を選ぶつもりでいたのですが、もっと確率論を勉強したいと思い、確率論の研究室に進みました。

大学院に進学した一年目に、伊藤清先生の「Lectures on Stochastic Processes」(インド・タタ研究所の講義ノート)と「確率過程I,II」(岩波講座現代応用数学)を読みました。とても難しかったですが、時間が掛かっても一つひとつ読み解いていくのが楽しかったですね。この本は今でもよく見返しますが、そのたびに新しい発見があり、本当に勉強になります。指導教員の先生が薦めてくださった本でしたが、良書に出会えて幸運だったと思います。

処罰問題の魅力

本棚

伊藤先生の本を読んで一次元拡散過程について学び、その後、渡辺信三先生の1995年の論文といくつかの関連論文を読んで、一次元拡散過程に対する逆正弦法則の一般化を考えました。ちょっと面白い新しい結果が得られたので、それを修士論文にまとめました。その後も一般化逆正弦法則の研究を続けていますが、今回はそれとは別に行っている研究の話をしたいと思います。

処罰問題と呼ばれる問題があります。2006年からRoynette-Vallois-Yorによって詳しく調べられた問題で、ブラウン運動を特徴付けるウィナー測度と呼ばれるものを、いろいろな汎関数で重み付け、時間無限大としたときの極限測度について論ずるものです。一次元ブラウン運動は確率論における最も基本的な確率過程で、いろんな性質が既に多く知られていて調べ尽くされていると思われがちでしたが、処罰問題はブラウン運動の新しい側面を照らし出したと思います。処罰と呼ばれる所以は以下の通りです。ある汎関数によって重み付けて正規化したウィナー測度は、時間無限大である極限測度に収束します。この極限測度の下で過程は元のブラウン運動とは異なる様相を呈します。ブラウン運動は再帰性という‘原点に帰ってくる’性質を持ちますが、例えばカッツ消滅型の重み付けを行った場合に得られる極限測度の下では過程は非再帰になります。この‘帰って来られない’様子がまるで罰せられているようであるということで、‘処罰(penalisation)’と呼ばれます。処罰問題に現れる極限測度は、時間有限に制限して見れば元のウィナー測度と絶対連続ですが、時間無限大の極限では元の過程とは特異であり、全く異なる振る舞いを見せます。極限測度はある種の‘条件付き測度’であり、このような手続きによってそれが得られることは処罰問題の面白さの一つだと思います。また、極限測度を特徴付けるのはあるマルチンゲールで、例えば最大値過程の関数による重み付けを行った場合この極限測度を特徴付けるマルチンゲールがスコロホド埋め込み問題と呼ばれる別の重要な問題と関係していることなどが既に明らかになっています。このように全く別の問題とも関わりがあるという点も興味深いところだと思います。(しかしながらその理由などはまだ明らかになっていません。面白い問題だと思います。)

私が処罰問題と出会ったのは2006年の秋でした。提唱者の一人であるヨール(Yor)教授が来日され、大阪大学の集中講義で処罰問題について話されたのを聴講しました。聞いた当初はあまり理解できなかったのですが、その後、時間を掛けて勉強し、またヨール教授から直接に教えを乞う機会に恵まれ、更には共同研究の機会を得ました。ヨール教授と矢野孝次氏との三人の共同研究において、一次元安定過程に対する処罰問題を考察しました。ブラウン運動に対して考えられていた処罰問題を安定過程に対して一般化することによって、ブラウン運動のどのような性質が処罰問題に寄与しているかを明らかにすることができます。私たちは伊藤先生の周遊理論を用いてこの問題に取り組み、いくつかの新しい結果を得ました。処罰問題の構造を説明する面白い結果であったと思っています。まだまだ発展の余地が沢山あり、今も研究を続けています。少しずつでも、それまで分からなかったことが明らかになるのは嬉しいです。考える過程で新しい問題も見えてきますし、奥深さを感じています。

処罰問題の研究は、確率過程の新しい側面を照らし、確率過程の複雑な様相を捉えるための手掛かりの一つとなるでしょう。また処罰問題はこれまでに得られていた結果に様々な関連を与えていて、多くの幅広い応用も期待されています。

大学院進学を目指す学生へ

インタビュー風景

大学で数学を学ぶのが楽しいと思えたのなら、是非とも大学院への進学を検討してほしいですね。勉強は当然ながら更にハードになりますが、その分やりがいや充実感を大いに得ることができるでしょう。きっと人生における貴重な二年間になるはずです。それから、大学院進学を目指す女子学生が増えたらと望みます。数学は論理とカンと想像力が勝負ですから、女性が十分に活躍できる学問と思います。学びを深め、社会で活躍する女性を応援します。

大学院では学部で学ぶよりももっと自主性が重んじられます。自然科学分野では、自ら「何故なのか」という問いを投げ続け、解決の道を探らなければなりません。それは決して孤独な戦いばかりではありません。人が、本が、それを支えてくれます。私がこれまで数学を続けて来られたのは、一所懸命に努力してきたことに加えて、沢山の人との出会いや数多くの良書に支えられたからだと思っています。ヨール教授との出会いもその一つでした。ヨール教授と処罰問題を中心に話し合った数年間はとても刺激的な時間でした。私にとってかけがえのない宝です。また、ヨール教授との共同研究を通じて、多くの関連研究者との研究交流機会を得ました。様々な繋がりがいろんなアイデアを生み出してくれます。

出会いを大切に、積極的な学びを期待します。

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