研究紹介

マネジメント研究科 マネジメント専攻 古村公久准教授 インタビュー

「企業と社会の相互作用を考える」

きっかけは“仕事のストレス”

私は大学卒業後、しばらく会計監査や財務コンサルティングの仕事をしていたんです。その中で実感したのは、いわゆる「横並びの情報開示」でした。例えば、現場では「アカウンタビリティに基づく情報開示」の意義や必要性という原点に立ち返ることはほとんどなくて、「他社動向にアンテナを立てながら,最低限要請された対応にとどめるのが効率的」という認識が現場を支配していることが多かったように思います。クライアントの多くがそのような受け身的・非協力的な対応でしたので、当然仕事もやりづらくて、ストレスに感じることもありました。「この仕事を一生懸命頑張っても会社は良くならないんじゃないか」と、決算期の会議室で朝焼けを眺めながらぼんやり考えていたことを思い出します。

そんな折、仕事の中でCSR(Corporate Social Responsibility: 企業の社会的責任)という概念を偶然知ることがあったんです。「株主利益の追求」だけではなくて、「従業員や消費者、取引先や地域社会」等々、多様なステイクホルダーと企業との関わり方を見直すというアプローチに、衝撃を受けたのを今でも覚えています。それまでは、粉飾などの不正に対して、ある意味事後的・破壊的なアプローチをしてきて、「頑張っているのに誰も幸せになっていない気がする」と悶々としていたわけですが、「企業や企業社会のあり方を見直す」ことで企業の情報開示に対する意識に大きな影響を与えられる可能性があると思ったんです。当時は環境情報に代表される非財務情報の重要性も注目され始めた頃でしたが、「現状のままで情報開示の範囲を拡大しても、粉飾の範囲が拡大するだけになるのでは」と危惧していたこともあり、仕事の区切りがついたところで監査法人を辞めて独立して、大学院に行きました。その時は夢中でしたが、今振り返ればかなり思い切ったことをしたなあとは思います。既に30歳を越えていて、家族もいましたしね。ただ、大学院での5年間は充実していました。厳しくも愛情のある恩師の下で日中は研究活動に没頭し、夕方以降は仕事をこなす日々で、その分睡眠時間は減りましたが、なぜか疲れなかったのを覚えています。「やらされている」ではなくて「やりたいことをやっている」からだったと思います。

“企業社会”を考える

書籍

このような経緯があって、「企業社会のあり方を考える」ことが私の大きな研究テーマになっています。あくまでも便宜的な整理ですが、研究では「企業」と「社会」の双方からアプローチをしています。まず、「企業」研究の一環として、CSRの理論的サーベイやCSR経営の現状と課題の解明等を行ってきました。例えば、アカウンタビリティ概念の背景にある企業社会観を、企業の社会的責任に関する理論的枠組みに基づいて「企業の視点から社会を規定する視点」「社会の視点から企業を規定する視点」「企業と社会の相互作用に基づく視点」に整理して、各々の観点からアカウンタビリティ概念を再構築する方向性を検討しています。また、日本でCSRレポートが普及しているという現象に対して、新制度派組織理論の枠組みを援用して事例分析を行い、各企業が競合他社や業界全体の動向の影響を強く受け、必要に迫られて横並び的にCSRレポートの発行という形で対応するケースが多いという現状を明らかにしたうえで、レポート作成という行為が日本の企業組織に与える影響について考察したりもしています。

その一方で、「社会」サイドからのアプローチとして、非営利組織がビジネスの手法を通じて社会的課題を解決するソーシャル・イノベーションプロセスに関する研究を行ってきました。例えば、環境問題の解決に取り組むNPO法人に着目して、多様なステイクホルダーと企業家チームとの相互作用の中で、双方が学習し、経験を共有しながらソーシャル・イノベーションを創出するというプロセスを分析して、単純な交換関係では説明できない側面があること等について色々考察しています。また、地域福祉の推進という「社会的」ミッションをもつ社会福祉法人が、「事業性(自立経営)」の確立を目指す経営改革について、理論的・実践的に分析したりもしています。

今後はこれらの研究をさらに推し進めていきます。ソーシャルビジネス事例を詳細に分析してソーシャル・イノベーションの創出と普及プロセスの理論化を目指したり、現代社会が抱える様々な課題を多様な主体が関わり合って解決するような企業社会のあり方を実務経験や研究活動で培った専門知識を活かして探求したりと、研究課題は尽きません。特に今、注目しているのはコーポレートガバナンス改革です。2015年は「コーポレートガバナンス改革元年」ともいわれますが、上場会社を対象にしたコーポレートガバナンス・コードや機関投資家を対象にしたスチュワードシップ・コードの策定などを中心に、国を挙げた改革への取り組みが進んでいます。そこでのコーポレートガバナンスの捉え方はCSRと重なる部分が多く、企業社会のあり方を大きく変える可能性を秘めているんです。コーポレートガバナンス改革という切り口から、企業経営のあり方、ステイクホルダーとの関わり方、それらを結びつける市場社会のあり方など、長期的な視点で研究を続けていくことが重要だと考えています。

“とにかく考える”ことから得られる面白さ

このような活動をしていて「面白いなあ」と感じる点は3つほどあるでしょうか。いずれも「とにかく考える」ことから得られる研究の面白さで、仕事に追われていた頃には味わえなかったものです。

第1に、「“当たり前”を問い直す」という点です。普段から身近にあって、大多数の学生の就職先にもなる「会社(特に株式会社)」自体を改めて考える契機を与えてくれます。例えば、株主有限責任の原則・株式制度・所有と経営の分離といった株式会社の本質的特徴は我々の生活する社会に何をもたらしているのか、会社支配の正当性を誰がもつのか、会社は何のために存在するのか、経営目的とは何か、どのようなモノサシで測るのか、「良い会社」とは何か等々、ともすれば“当たり前の前提”として思考停止に陥りがちな会社の本質について、様々な問いかけをしてくれるんです。

第2に、「“周り”をみる」という点です。例えば、CSRやコーポレートガバナンスの領域は、法学・経済学・経営学等の様々な学問分野で研究が進められている比較的新しい研究領域で、その解釈やアプローチ方法は多様です。法学や経済学の分野では、プリンシパル(株主)とエージェント(経営者)のエージェンシー問題をどのように解決するかというところからコーポレートガバナンスの問題が出発していますので、「どのような基準が採用されるべきか」という観点からコーポレートガバナンスを検討する傾向にあります。これは、心理学や社会学の分野に起源をもつスチュワードシップ理論においてもいえることだと思います。私のように現場から入った人間が研究に没頭しているとつい視野が狭くなりがちですが、他の学問分野の考え方にも触れることができると、本当に学ぶことが多いと感じます。

インタビュー風景

第3に、「“地”に足をつける」という点です。先述したような「どうあるべきか」というアプローチに対して、経営学の分野では「現実はどうなっているか」という観点から問題を見つめることも重視していて、両者に乖離があれば、その「あるべき姿」が前提とするフレームワークや議論の妥当性についても検討します。ただ理想像を描くだけでなく、各時代、各国の社会的価値基盤のもとで「現実に何が起こってきたのか、今何が起こっているのか」をしっかり見極め、地に足をつけて考えることの面白さがあるんです。コーポレートガバナンスを例にとれば、日本でバブル崩壊以降に導入されたいわゆるアングロサクソン型のガバナンススタイルについて、どの程度成果があったのか、さらに遡ってそもそもそれが目指すべき姿だったのか、を問い直すことも重要な作業になります。先ほど触れた近年のコーポレートガバナンス改革についても、「現実」問題として、一連の改革要請を受けた会社の中にはその対応の仕方に苦慮しているところも多いですね。かつて私が悩んだ「横並び(形式)的な対応」も一部で見受けられますし、異質性を排除する「内向きのガバナンス」という実態が垣間見えることもあります。このような「現実」を受け入れたうえで、新しいガバナンスの視点を企業経営に組み入れる、換言すればCSRの要素を経営に組み入れるために、中長期的な視点からどのような提言・主張ができるのか、まだ新しい領域なので多様なアプローチが可能なんです。柔軟な発想をもつ若い方にとって知的刺激にあふれる領域といえるかもしれません。その分苦労も多いですが。

こんな私から大学院進学を目指す皆さんにいえるのは「“実感”のあるテーマ設定は重要」ということでしょうか。長い間つきあうテーマになりますので、学生・ビジネスパーソン問わず、日々の経験を積む中での“実感”から湧き出た問題意識は、自身の“拠り所”として重要になると思います。その問題意識を具体的なテーマに落とし込み、理論と実践の橋渡しをするために日々考える、そんな気概をもってチャレンジして欲しいですね。

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