研究紹介

マネジメント研究科 マネジメント専攻 伊吹勇亮准教授 インタビュー

「文化の薫りのするところにマネジメントを」

コミュニケーションを視座とする経営学

私は広告・広報のクリエイティブ・マネジメントの成功要因とそれを可能にする組織能力やシステム、またそこで働く専門家のキャリア形成について研究を行っています。またトップ・アスリートの才能をコーチや指導者ではない形で生かしていく道を探るセカンドキャリア支援や、スポーツ産業の構造と企業戦略、あるいは課題解決型授業の教育効果など、6つほどのフィールドに関心を持っています。

一見多様で幅広い対象にも見えますが、これらを合わせたキーワードは「文化の薫り」です。広告・広報もスポーツも文化を形成し、人々の暮らしに潤いをもたらしています。こうした文化の薫りのする産業を経営学の観点から捉えます。さらに、これらの産業におけるマネジメントとはそこで活躍する人材を育てることとほぼ等値のものといえます。こうしたことから、キャリア形成・人材育成を見据えた経営戦略論や組織論・組織間関係論を研究しています。

さらに、こうした文化の薫りのする産業にあっては、その運営・経営においてコミュニケーションが重要な役割を果たします。このことから、当研究室では経営学の視点からコミュニケーションを照らしてみるとともに、コミュニケーションの観点から経営学を考えることもしています。

論理的思考力と抽象化

『広報・PR論』

組織の活動は、パブリック・リレーションズによって社会とつながる。近著『広報・PR論』では、その多様な側面について研究者という立場から迫っている。

欧米における広告・広報研究がコミュニケーション学を背景にしているのに対し、私自身の研究は、コミュニケーション自体から出発したわけではありません。経営学の研究を進めるにあたって、対象とした文化の薫りのする産業においては必ずコミュニケーションという要素が重要な役割を果たしているために、結果的にコミュニケーションを研究するに至ったにすぎません。ですので、私の指導を希望する学生は、それぞれの興味や関心を中心に据えて、やや広い間口で受け入れます。広い意味でコミュニケーションに関する事象を、経営戦略や組織論などに依拠しながら研究していこうというスタンスを考えています。

研究室所属として院生を受け入れたことはまだありませんが、これまでに指導に当たってきた例をいくつか挙げてみましょう。たとえば、企業を定年後、該当企業の企業博物館の館長に就任した社会人院生がいました。この方は、当該博物館を通じた企業コミュニケーションのあるべき姿を研究しています。また、大手企業の部長職にある院生は、企業間取引(B to B取引)が主たる業務であり、一般の生活者にとってはその商品に馴染みのない企業において、どのようなコミュニケーション活動を行えば良い評判の獲得に繋がるのかについて、企業人としての視点を活かしながら研究しています。あるいは、ビジュアルバンドに興味を惹かれそのマネジメントを研究する院生、海外からの留学生を募集し大学で受け入れるためのプログラムを検討する院生などもいます。

一見、まちまちの分野のようにも見えますが、そのマネジメントにはそれぞれの産業や団体の特殊性とともに普遍性が存在します。その産業では実際にどのようなマネジメントが行われており、それはその他の産業でこれまで研究されてきたマネジメントと比べてどこが同じでどこが違うのか、これらを考えることを通じて論理的思考力による抽象化の能力を養うというのが、実は研究のステップであり、学問としての経営学を学ぶ目的でもあります。

大学院で学ぶということ

学問といっても知識を求めるだけならば、あえて大学院に進むまでもありません。その道の本を読むなりすればいいのです。その方が早くて安い、つまりは機会費用に勝ります。ではなぜ大学院進学を選ぶのか。つまり、何のために進学し修士論文を書くのか、大学院を受験しようと考える人にはそこをしっかり考えてきてほしいと思います。

先の院生たちの例に戻って言うと、彼らはある分野に精通していたり、専門業務のベテランだったりします。仕事は忙しいものですし、産業特有の専門性も求められます。気が付くと、いつのまにかそこに埋もれてしまい、自身の所属する組織のことしか理解できなくなっていたといいます。大学院で研究する中で、そうした事柄を俯瞰的に見ることができるようになった、自分の実務経験がどのような位置にあったかが相対的に分かるようになったそうです。

つまり、筋道立てて論理的な思考をする過程で、一見さまざまかつバラバラであった事象が、一つの大きな流れとして抽象化され、あらためて整理して見通せたということです。それが、大学院で研究するということ、すなわち学問の力を自分のものにすることなのだと思います。

経営の分野では、イノベーションを実現させるリーダーの素質として、夢を描き熱く語ることと醒めた目で冷静に計算し実行すること、この両方の才が必要であるとよく言われます。松下幸之助氏のようにその両側面を備えた「経営の神様」も数少ないながら存在しますし、ソニーやホンダのように二人でタッグを組んでこれを実現している組織もあります。

夢やひらめきは華々しく目立ちますが、それだけが唐突に訪れるものではありません。その前にも、その後にも、ひたすら冷徹な論理の筋道があるのです。企業経営に限らず、笑われるのでなく笑わせる漫才師、見る人を惹きつけてやまないセンスある広告のクリエーター、一世を風靡したゲームの開発者、これらの人々は一瞬のひらめきのために寝ても覚めても論理構築をしていますし、掴んだひらめきを現実化するために戦略・戦術をひたすら思考しています。

大学院に来る動機は、ある意味何でもいいのです。最低限、学部の1回生で学んだ程度の経営学の基礎知識があれば構いません。様々な分野においてイノベーションを実現させるために先人が培ってきた一連の過程を、「神様」の手から解き放ち一般化するのが、論理的思考による抽象化という学問の力です。そのような力を手に入れたいという強い思いだけは持ち合わせていただきたいと思います。創立50周年を迎える本学が掲げる「Keep Innovating」、その具体的な意味合いを大学院で学びとってほしいと思います。

学問は役に立たないのか?

インタビュー風景

伊吹先生はオールディーズの愛好家でもある。ばんばひろふみ氏(バンバン)とバンドを組んでいたことがあるお父様と、あるいはいろいろな教育機関の先生方とバンド活動を楽しむ。十八番はビートルズとのこと。前任校である長岡大学在籍時にはコミュニティーFM局でDJもしていた。

大学院で研究を続けて学者になるという道もありますが、「研究者」はそれに限られるものではありません。京都産業大学マネジメント研究科のアドミッションポリシーは高度職業専門人の育成です。学部から大学院に直接進学した人は自身の研究を就職後の企業や団体で活かしたらいいと思います。既に実務に携わった経験のある社会人院生ならば、自身が歩んできたその道の延長線上で学びを活かせばいいのです。あるいは起業やソーシャルアントレプレナーという道もあるでしょう。

専門実務だけでなく、業務総体を俯瞰する力を持つ学識ある職業人が、社会の中で今後ますます求められています。本学の大学院生には、それを担う人であってほしいと願っています。つまり、論理的に考える力、抽象化の能力を持ち、それをそれぞれの職分で活かすことのできる人材こそが「研究者」なのではないかと思います。

学部学生たちの様子を見て常々思うのが、学んだことを活用・応用することの必要性です。学生たちは、自身のコミュニケーション能力の不足をかこっているようですが、私から見るとそんなことはありません。現代の学生はFacebookやTwitter、LINEなどを活用し、十分な情報伝達を図っているではないですか。ところが、それをもう一歩進めて活用することが難しいようです。電話をすれば数分で済むことや、会って話せばただちに解決することなのに、なぜか延々とLINEでやりとりを続けていることがあります。

もっと効率的で効果的なコミュニケーションの手段があることを知っていても活用できていないわけです。学生にも学生なりの経験値がありますが、アルバイトで身につけたこと、ゼミで学んだこと、こうした経験を断片的にしか活かせていないのです。たとえばそれを「恋愛に活かしてみたら」などと彼らにアドバイスすると、驚いたような表情をしています。

学んだことを活かすためには、抽象化というプロセスが必要になります。抽象化するから学問になり、学問になるから普遍性を持ち、様々な分野に適用できるわけです。「学問が役に立たない」のではなくて、役立てる手法が身についていないのです。むしろ「学問はどこででも役に立つ」のであって、それを読み解く力を身につけることが大切です。大学院にお越しになる方には、こうした人材として社会で「むすびわざ=イノベーション」に携わる人になってほしいと願っています。

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