研究紹介

マネジメント研究科 マネジメント専攻 橋本武久教授 インタビュー

「簿記・会計の史的展開過程を探究し、あるべき会計システム構築にチャレンジ」

オランダは近代経済と株式会社の発祥の地

私の専門は会計学・会計史・簿記で、中でも複式簿記の構造と機能、歴史的な意義について研究を深めています。企業はもちろん、自治体や各種団体においても資金を管理することは組織のスムーズな運営のために欠かすことのできない要件です。私たちが現在、資金の管理に使っている簿記は複式簿記ですが、その会計システムは13世紀から14世紀にかけての中世イタリアの商人たちの実務の中から生まれたといわれています。

イタリアのヴェネツィアなどではもともと航海ごとに出資を募って、航海が終われば元手(資本)とともに利益を分配するという会計が一般的でした。しかし、継続的に大きな商売をしようとすると大きな元手が必要です。そこで株式会社という制度が考えられました。株式会社が最初にできたのが17世紀のオランダです。

その背景を述べますと、16世紀に同じネーデルラント(今日のオランダやベルギーを中心とした地域)のアントワープに常設の取引所が設けられました。この当時の商人たちは東インドへ行って胡椒などの香辛料を仕入れて、地中海経由でヨーロッパ各地で商売をしていました。それが喜望峰回りの新航路ができたのがきっかけで16世紀から17世紀にかけてオランダなど北海に面した地域に取引の中心が移りました。それまで中東で荷を揚げて、地中海に面したイタリアから流通させていた商品が直接、ヨーロッパの中心地に入ってくるようになったのです。

常設の取引所ができたことで、それまで売り切れ御免だった商売のやり方が大きく変わりました。商人たちは商売のどこかで期間を区切って、儲かっているかどうかを確認する必要が生まれ、そこでいったん人為的に期間を区切って損益を計算する必要性が生まれたのです。また、人為的に期間を区切るために発生する期末の売れ残った商品をどうするかなどいろいろと問題が出てきて、これを解決するためにインピンは「売残商品勘定」を示しました。

その当時、オランダはスペインの支配下にあり、独立戦争が起こりました。アントワープはせっかく世界の中心的な取引所になったのですが、戦争のために商人たちはより安全な北方に移動し、17世紀にはアムステルダムが経済の中心地になりました。

アムステルダムの商人たちが一回きりでない株式会社というものを考え出し、革命的なことですが株式会社制度というものができました。1602年に連合東インド会社、通称オランダ東インド会社が設立され、会計のシステムが変わり、それを簿記書として著したのがシモン・ステフィンだ、というのがこれまでの定説でした。ステフィンはステヴィンとも呼ばれる十進小数で知られる数学者です。著作で期間損益計算を説明して確立したといわれていました。ステフィンが評価されるのは状態表、状態表説明書、つまり現在の貸借対照表と損益計算書の原型を考案した点です。状態表では一年の始めに100あった資本が150に増えたということが分かります。そして、状態表説明書を使って、50増えた資本は、収益80から費用30を差し引いて、50儲かった(利益が出た)と証明するのです。

努力と運で会計史の定説くつがえす

書籍

私は、ステフィンがオランダで期間損益計算思考を確立したとする説について、当初から懐疑的でした。1602年にオランダ東インド会社ができ、1607年にそれを反映した新たな会計についての本が出るのはどう見ても出来過ぎています。大学院時代にステフィンの「商人の簿記」の全訳に取り組みました。フランス語版からの抄訳はあったのですが、当時は全訳が出ていなくて、一年半がかりでオランダ語から全訳してみたのです。実際に全訳してみると、やはりおかしいのです。そこで、このテーマで大きな仮説を含んだ論文を書き、1999年に学位を得ました。当時はいろいろと批判も浴びました。

その後、何度かオランダに行き、2006年に一年間、オランダ・ライデン大学に留学しました。そこで、改めていろいろ資料を集めてみると、ステフィンのこの本は東インド会社と関係なく書かれたことが分かりました。ステフィンが当時仕えていたマウリッツ総督が領土を管理するために簿記を取り入れたいと考えていて、ステフィンはその要請に応えたのでした。マウリッツという人はいろんな軍事のシステムをマニュアル化したことで有名な人で、軍事上の財政問題を複式簿記でやれないかと考えていたようです。実際に1604年には一年だけですが、複式簿記を実践したという資料も見つかり、これをテキスト化したのがステフィンの簿記論だとわかりました。

もっと重要なのは、ステフィンが1581年にすでに簿記書を書いていたことが明らかになったことです。すなわち2003年になって『組合企業の計算に関する新発明』という本がステフィンの最初の著作であることがわかったのです。私はその夏、オランダにいたので、原本のコピーを入手することができました。ステフィンはそれまで東インド会社ができてから複式簿記について書いたといわれていましたが、その原型がすでに20年近く前に書かれていたのです。やはり、東インド会社とは直接的には関係がなかったのです。

ステフィンは東インド会社の会計システムを反映した形で本を書いたわけではなかった。これまでの通説はきれいすぎる説明でした。仮説の論文からラッキーなめぐり合わせで真実にたどり着くことができ、2008年に『ネーデルラント簿記史論』という自著を出すことができ、日本簿記学会と日本会計史学会から学会賞をいただきました。

17世紀のオランダに始まった株式会社のシステムが、世界のビジネスのスタンダードになり、その株式会社はステフィンが原型を考案した複式簿記の会計システムで運営されることになりました。一方で、グローバル化の進展に伴い、国際的な会計基準の整備が求められています。IFRS(イファース)というヨーロッパ生まれの国際財務報告基準が、欧州企業には2005年から強制適用されています。日本企業にも2015年度3月期から強制適用が検討されてきましたが、今のところ任意適用となっています。そして、現在のところ任意適用または予定しているのは上場企業三千数百社のうち、東証の2014年7月調べで43社です。

一番の違いは日本の会計は取得原価主義ですが、IFRSは現在価値、徹底した時価主義というところです。どちらにも良いところがあれば、悪いところもあります。両者の優劣は一概にはいえません。ただ、各国の法律は異なるのに法律の制約を大きく受ける会計の基準だけがなぜ統一できるのかというのがまず率直な疑問として浮かんできます。

会計基準の主導権争いは、つまるところ一種の経済戦争です。どの国も自分の国に有利なルールにしたい。有利なルールにするために、TPPの論議と一緒で「議論には参加しないといけない」ということになります。その時にきちんと理論武装していないといけないという反省が学者としてあります。歯がゆい思いです。向こうはやはり数で勝負してきます。IFRSを採用すれば、みんなが便利で幸せになれるかというと答えはノーです。それぞれの国に政治・経済・法律があり、国情は異なりますから、その背景や歴史を知った上で何を取り入れて、何を捨てるのかをじっくり考える必要があります。

企業という存在をどう考えるかという違いもあります。アメリカなどでは企業は売り物です。ファンドが多くの株式を所有して価値が上がれば売るのですから、これはもう時価しかない。その時点、その時点の価値が重要です。ところが日本の会社はどうでしょうか。従業員の勤続年数もアメリカの倍以上ある。コミュニティーや個人にとっても大きな存在です。会社に対する考え方が全く違う。統一基準は投資家にとって便利ですが、投資家や株主が会社にとってすべてなのかというのは大きな問題です。検証可能性とか、確実性という会計の本来持っている考え方からすれば、日本の取得原価主義も悪いところばかりではないといえます。

その一方で、こういう論理もあります。日本はまだまだ個人の金融資産が豊かで、間接金融でも十分に日本企業は資金調達ができる。しかし、これから少子高齢化の時代で金融資産が減れば、海外のマーケットから資金を調達する必要が出てくる。そういう時代になれば、海外の投資家に理解できる会計基準が必要だという論理です。それは私も必要だと思います。ただ、会計基準の違いを認識したうえで、日本企業を評価する海外投資家のほうが好ましいという現実的な見方もあります。現に日本企業に多くの海外からの投資が集まっています。彼らは会計の数字は重視しますが、「たかが会計、されど会計」を心得ていて、会計の数字は日本企業を理解するワン・オブ・ゼムの情報であることをよく知っています。会計の数字が海外の投資家に分かりやすいかどうかは、それほど大きな問題ではないとも考えられるのです。

日本で認められているのは、もともとの日本の会計基準と米国基準、IFRSの三種類があり、加えて日本版IFRSをつくろうという動きがあります。この混乱ぶりがすべてを物語っています。誰もどれが良いのか分かっていないのです。日本の研究者は日本の会計制度を分析して、交渉をリードできるような理論的な支柱を構築していかなければなりません。私たちの仕事でもあります。

企業と会計のよりよい未来にアプローチ

インタビュー風景

簿記・会計の歴史を知ることは、経済や企業のよりよい未来に向けたアプローチです。また、会計は常に未来を見つめて変化を恐れずチャレンジしていくダイナミックな学問でもあります。今こうだからという情勢に流されるのでなく、ちょっと立ち止まってどうしてこうなっているのかと考えるぶれない視点が重要です。変わっていく表層と変わらない本質を見ていかなければなりません。会計の基礎となる複式簿記の構造は、中世のイタリア以来、本質的に変わっていないのです。

これからのチャレンジとして、将来の会計制度について歴史的研究を踏まえた提言をしたいと考えています。それぞれの国の文化や法律の土壌には、その国の特性に合った会計でないと根付きません。会計の本質は法律、経済と切り離せません。その実態を踏まえ、歴史的実証主義に基づいてきちんと発言し、論文を発表していきたいと思います。もう一つは、オランダ生まれの株式会社の存在についても研究を深めてみたい。株式会社は誰のものかという議論を今日、改めて経済学者も経営学者もしています。今の会計システムは、株主一辺倒だと非判的な学者もいます。そこには「誰のための会社か」という視点があるのです。会計には利害調整と情報提供という二つの機能があります。この利害調整の側面から、株式会社の誕生時に会計はどういう役割を果たし、最初からどういう限界、意義を持っていたのかを明らかにできれば、会計と株式会社の関係、株式会社の本質論が会計の分野から解明できるのではないかと考えています。

大きな夢を持ち、自分が問題を解決、解明してやるという強い志を持った学生に大学院に来てほしいと思います。今目の前にあるものだけでなく、あらゆるものに疑問の目を持って、常識を打ち破るような明るく、楽しい人が良い。簿記、会計に歴史的な目を持ち、長期的なスパンで研究し、論文を書いてやろうという学生が来てくれれば有り難いですね。

私自身、大学から大学院にかけて三人の素晴らしい恩師に巡り合い、大変お世話になりました。私が現在いる場所にこの三人の先生方が導いてくださったのだと感謝しています。それぞれにタイプの違う学者ですが、無理にやらされるのでなく、私が自分からどんどんやることをバックアップしていただきました。私も自主性を尊重しながら、誠心誠意、指導したいと考えています。

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