研究紹介

マネジメント研究科 マネジメント専攻 福冨言教授 インタビュー

マーケティングの管理と販売の管理

大事なはずのマーケティングと大事にされないマーケティング

「私の専攻はマーケティングです」と(堂々と)言うようになったのは比較的最近のことです。博士後期課程の終わり頃か京都産業大学に就職してからでしょう。マーケティングを専攻していなかった人間がマーケティングの担当教員になるなんて! と思われるかもしれません。とはいえ、留学していた学部3年生くらいから「私の専攻は国際経営とマーケティングです」と(それこそ堂々と)口にしてはいたのです。外国人にはしょっちゅう「君の専攻は何か?」と問われる機会がありましたし、クラス内では自分の専攻を紹介するのがルールのようでした。つまりは、なかばむりやり、そして何となく、「私の専攻はマーケティングです」とのたまっていた学部3年生がマーケティングを専攻する研究者になったわけです。

「マーケティングとは何か」とあまりわからずにいた(そして深く考えずにいた)学部生時代の私は、大学院入学を機にこの問題について深く考える日々を過ごしました。今もそれは変わらないのですが、ひとまずの理解はした上で研究や教育に勤しんでいます。ひとまずの理解、というのは将来的にまた気が変わるかもしれないからです。もちろんこれからの勉強次第です。

「マーケティングとは何か」という問題、実はよくわかっていない人が多いはずです。あるいは、みなさんそれぞれが独自の見解をもっていらっしゃるといえるでしょう。学生や実務家や研究者に関わらず(これはマーケティングを専攻する研究者でさえも)、何がマーケティングで何がマーケティングでないか、かなり適当に扱われているように感じます。もしあなたが学部生なら、マーケティング論と経営戦略論とのちがいを(自分なりにでもちろん結構です)明確に説明できますか?

「マーケティングが大事である」という人も多くいる気がします。品質のよいものを手頃な価格で提供し、そして輝かしい成功や名声を得た過去をもつ日本企業が、より安価なライバルに負け、大して品質もよくなさそうなのに高価なものを提供するライバルに負け、そして手頃な価格を実現するために世界的にみてもかなり非効率で不公平な仕事を従業員にさせていると、「良いものをより安くつくって必死に仕事するだけではダメなんだ、マーケティングが大事なんだ」と言いはじめるわけです(もちろんすべての日本企業の話ではありません)。ちなみに「大学経営ももっとマーケティングを大事にしなければ」などといわれることがあります。さて、ここで問題です。「マーケティングとは何か」。

あなたの回答はどのようなものでしょう? 広告ですか? 新製品のコンセプトづくりですか? それはセンスやアイディア勝負のような企業活動でしょうか? それとも数学(計算)が必要なものでしょうか?

私のひとまずの理解、に基づくと、それは市場(現在の顧客や将来の顧客、現在のライバルと将来のライバル)についての調査と収益性の計算・把握、市場に関するこれらの知識を組織的に共有する仕組みをつくる機能をマーケティングと考えています。この理解によると、たとえ大企業であっても、マーケティングの仕事をする人は経営企画に携わるごく少数の人たちです。私にはそれなりの根拠があってマーケティングをこのように定義しているのですが、おそらく一般的な理解とはかなり異なるはずです。日米マーケティング協会の定義によると、企業活動のほとんどすべてがマーケティングに該当しそうですし、ある調査によると、マーケティングはすべての企業活動に関わるものであるはずなのに、一般的には主に広告のような一部の企業活動として理解されている、とあります。とある日本の大企業は営業部門を分社化し、企業名にマーケティングとつけて「○○マーケティング」という法人をつくりました。しかしこの○○マーケティング社は(私の理解する)マーケティングをほとんどしていません。マーケティングを担っているのは本社である○○社です。調査にしろ、広告にしろ、営業にしろ、マーケティングらしいものに企業が支払うのは「間接費」です。マーケティングのこの「間接費」をめぐる問題に導いてくださったのが共同研究者である先生方でした。(ここでの出典については、『京都マネジメント・レビュー』第32号に寄稿したものを参照してください)

「良いものをつくって売るだけではダメなんだ、マーケティングが大事なんだ」と考えた企業が、調査なり広告なり営業に力を入れるのであれば、より多くの「間接費」が必要になります(もちろんお金をかけずにできることもあるでしょうけれども)。この「間接費」の支出、じつはそう容易いものではありません。たとえば、新しい工場をつくる計画があったとしましょう。この新工場によって得られる成果はある程度予測することができます。「直接費」である原価を計算することができるからです。新工場をつくるには○○円が必要だけれども、1年間に○○個の製品をつくりつづければ、○○年後には1単位あたり○○円の製造原価になるであろう、というようなものです。社内の会議ではこうした予測が根拠となり、新工場の敷設にゴーサインが出ます。銀行もこうした根拠を基に融資する・しないを決定します。一方、「間接費」はこうはいきません。社内の会議で、調査費や広告費を○○倍にする、営業部員の人たちにがんばってほしいからお給料を○○%アップする、といった意思決定をすることはとても難しく、銀行も融資を渋るでしょう。なぜなら「間接費」の支出がそれに見合う成果をもたらすかどうかを予測することが極めて難しいからです。「大事なはずのマーケティング」なのに、お金をかけられるかというと、マーケティングは大事にされづらいのです。

書籍

共同研究者である先生たちと私の研究テーマは現在、企業のこうした間接費の支出とその成果を測定する体制が企業内に備わっているかどうかを問題にするものです。『日本企業のマーケティング力』調査では、セグメンテーションやターゲティング、ポジショニングといった事業計画によって市場調査や収益性の把握がなされているかどうか、こうした「マーケティングの計画」がたとえば営業活動への展開といった実務に反映され、成果にむすびついているのかどうかを分析しました。この調査でわかったことの1つは、企業の方に「マーケティングしていますか?」と尋ねると「しています」と返答があることでした。マーケティングをしている、マーケティングを大事にしている、と回答くださった企業が本当に「間接費」の支出に積極的なのか、マーケティングにかかる費用を正当なものとして扱っているのか、という問題に取り組む必要が生まれたわけです。

書籍

また、個人でつづけている研究では、(マーケティング部門による)販売・営業管理の問題に取り組んでいます。先ほどお話ししたとおり、販売や営業職の人たちにがんばってほしいから全員のお給料をたっぷりアップする、という決定はなかなか現実的ではありません。企業の立場にしても、お給料を上げずとも彼・彼女たちが営業や販売の仕事をがんばってくれるのであれば、それはそれで望ましいことです。営業職や販売職に就く人たちの職場での人間関係であったり、企業とのココロのむすびつきをテーマにした研究もしています。

大学院進学をめざす方たちの大事な将来のために

大事なことを大事にすることが大事、しかしその大事なことを大事にすることは決して容易いことではない、というメッセージをお伝えすることができたでしょうか。一度きりの人生ですから、失敗を恐れてばかりいるのはもったいないことです。けれども、大学院進学をめざす、2年間の大学院生活を送る、そしてそのためにお金や時間を費やす、ということが、それに見合う成果をもたらすかどうかは十分に検討する必要があります。大学院では、興味のあることをつきつめる時間を得ることができるかわりに、論理的な思考のトレーニングや(研究テーマではなく)研究方法に関する勉強が必要になります。優れた研究成果を学ぶことも重要ですが、その優れた研究は必ずしもあなたの興味のあるテーマではないでしょう。英語が読めないとどうしようもなくなることもあります。「あなたの研究したいもの」を教員が教えることはできません。教員は他人です。あなたに「つきつめたい大事なこと」がなければ、私のメッセージは大学院進学の何の役にも立ちません。

マーケティングの研究が、経営戦略論や(原価計算のような)会計学と関連していることもおわかりいただけたでしょうか。大学院進学をめざすのであれば、企業経営について包括的な知識をもつことが大事です。私が大学院入試に臨む際には、英語は支障になりませんでしたが、経営学一般や商学、会計学の知識は(興味もなかったし)かなり未熟でした。その未熟さを自分なりに理解していたからこそ、言い換えると大事なマーケティングの研究をしたいからこそ、マーケティング以外の分野については、教科書や用語辞典、(このようなかたちで役立つとは思ってもいませんでしたが)学部の講義の際にとっていたノートを使って勉強をしました。一見大事にみえなかった勉強も、大事なことをつきつめるためにはとても大事なことだと、当時から薄々感じていたところに現在の私(研究者としての私)の出発点があるように思います。

最後に「自分にとって何が大事か」ということを知るための「選択肢」をできる限り多くもってほしいと思います。大学院進学を「いちばん大事なこと」と決断する前に、「大事になりそうなことは何か」多くを体験してほしいです。そのため、いろいろな進路をめざす友人や知人、教員や家族といった人々とたくさん語りましょう。あなたには、あなたの将来を大事にしてほしいのです。

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