研究紹介

生命科学研究科 生命科学専攻 西野佳以准教授 インタビュー

「持続感染ウイルスの発病メカニズムを探る」

予防に勝る治療なし―持続感染ウイルスの発病はどうしたら防げるのか?

皆さんはウイルスとは何かご存知でしょうか?インフルエンザウイルス、エボラウイルス、狂犬病ウイルスなど、人や動物に感染して被害を及ぼす有名なウイルスは多くの人々に知られています。けれども、ウイルスが感染するとなぜ病気になるのかという基本的なことは案外明らかにされていません。

ウイルスは、微生物の中で最も微小なものです。大体、20-300 nm程度の大きさで、光学顕微鏡では見えず、電子顕微鏡でやっと見えるほど小さな生き物です。ウイルスは、遺伝子(ゲノム)の外側に主にタンパク質でできた殻を被っただけの単純な構造をしています。私がこの目に見えない小さな生き物であるウイルスに興味を持ったのは、大学4年生のときに研究室(講座)に所属してからのことでした。小さいころから動物が好きだったので獣医学部に進学しましたが、それまで特に感染症に興味を持っていたわけではなく、将来、動物病院を開業するときに役に立つのではないかな?といった程度の考えで伝染病学講座に分属しました。卒業研究のテーマは、ニワトリのウイルス病の一つであるニューカッスル病ウイルスの感染を防御できるワクチン抗原について解析することでした。実験では、ニューカッスル病ウイルスの特定のタンパク質を発現する遺伝子組換えウイルスをワクチンとしてニワトリに接種し、その後ウイルスを感染させて生存率を調べました。その結果、ワクチンを接種したニワトリはウイルス攻撃をされても生き残り、接種しなかったニワトリはウイルス攻撃により全て死亡しました。この結果は私にとって、とても衝撃的でした。つまり、ウイルスが持つ病原体としての威力と、ワクチンが持つ死を免れるほどの劇的な効果を知ったのです。この最初に取り組んだ研究から「ウイルスは面白い」と思うようになり、さらにウイルスの基礎的な研究をするために大学院博士後期課程に進学しました。

大学院では、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の持続感染機構と発症予防法について研究をしました。HIVに感染すると、AIDS(後天性免疫不全症候群)を発症します。薬で発症を遅らせることはできますが、完全に抑えることはできない不治の病です。博士課程の研究で、HIVが持続感染する際に必要なウイルス遺伝子の同定に関わらせていただきました。一方、AIDSという不治の病の深刻さも知ることになり、自分が無力であることを痛感しました。「感染症は予防に勝る治療なし」という名言を実感させられた時期でもありました。

高病原性のウイルスは、宿主を死に追いやってしまうので、ウイルスが生き延びていくためには、病原性が低い方が有利です。一方、増殖性が低いと宿主の免疫応答でウイルスは駆除されてしまいますが、増殖すると宿主を発病させる原因になります。大学院時代の研究を通してウイルスの巧妙な持続感染機構に興味を持った私は、麻布大学獣医学部で職を得てからも、ボルナ病ウイルスという持続感染ウイルスを研究対象にしました。ボルナ病ウイルスはヒトと動物の両方に持続的に感染するウイルスです。ボルナ病ウイルスは感染細胞を破壊しませんが、感染した動物は運動障害、行動学的異常あるいは感覚異常などの神経症状(ボルナ病)を引き起こし、死に至ることもあります(図1)。

図1 ボルナ病ウイルスに感染したLewisラットの運動障害(四肢の麻痺、16PND/DPI)

図1 ボルナ病ウイルスに感染したLewisラットの運動障害
(四肢の麻痺、16PND/DPI)

このウイルスの感染様式、病原性を決定する要因そして持続感染時の宿主細胞の変化について研究を進め、今に至っています。最近、ストレスがボルナ病発症要因になる可能性について脳におけるストレスの影響を研究している齋藤敏行教授(生命科学研究科)と共同研究を始めました。これまで得られた知見をご紹介しますと、ストレス負荷後に産生される副腎皮質ホルモンを外から投与すると、BDV感染マウスは病態が悪化する傾向が認められました。また、初代培養神経細胞を用いた解析では、感染細胞に副腎皮質ホルモンを添加するとウイルス感染率は上昇しました(図2)。いずれも、ストレスがボルナ病発症を誘発する要因になる可能性を示唆しています。

図2 マウス初代培養神経細胞におけるボルナ病ウイルスの局在。神経細胞(緑色)の核(青色)内に、ドット様のウイルス抗原(赤色)が観察される。

図2 マウス初代培養神経細胞におけるボルナ病ウイルスの局在。
神経細胞(緑色)の核(青色)内に、ドット様のウイルス抗原(赤色)が観察される。

ボルナ病ウイルスは、インフルエンザウイルス、HIV、ノロウイルス、エボラウイルスほど世の中に知られていません。しかし、ヒトを含めた多くの哺乳類に不顕性感染し、状況次第で発病するウイルスであり、このウイルスの宿主細胞との攻防の解明は、科学的に興味深いだけでなく、健康維持上も重要だと信じています。

巧妙に生き続けるウイルスをコントロールせよ!
ウイルスも本当は共存を望んでいる?

生物は、多くの微生物と共生しています。例えば、口腔や消化管、生殖器官、呼吸器官、そして皮膚表面にも正常細菌叢と呼ばれる細菌類や真菌類が存在しています。また、単純ヘルペスウイルスのように知らないうちに持続感染しているものもあれば、水痘・帯状疱疹ウイルスのように、一度感染して発病した後に、体内に残り潜伏し続けるウイルスもあります。持続感染するウイルスは免疫抑制、加齢、ストレスなどの原因により発病する可能性がありますが、適切な発症予防法が見つかれば発病は予防できますし、感染後のQOL(Quality Of Life)は維持できます。私達が現在進めている研究は、ボルナ病ウイルスの持続感染と発症の仕組みを明らかにして発病予防法を見つけ出すことが目的です。私達の研究成果が、現在治療法が無く難病とされているボルナ病の治療法・発症予防法につながれば大変うれしいです。また、ストレスはいくつかの感染症を悪化させる環境要因になっていることから、おそらく、ボルナ病以外の持続感染症の発病予防にも役立つ知見が得られるのではないかと期待しています。

そもそも、ウイルスのゲノムは真核細胞と比べると非常に短く(ボルナ病ウイルスのゲノムは約8.9kb)、必要最低限の遺伝情報しか持っていません。にもかかわらず、感染した宿主細胞、そしてその動物の運命を変えるほどの影響力があります。これが、私がウイルスという生き物に魅力を感じる点です。ウイルスは自己複製能力が無いため、生細胞に入り込み、細胞内にあるタンパク質合成経路や酵素を利用して子孫ウイルスを作ります。ですから、感染した細胞や個体が死ぬとウイルスも増殖の場を失うことになるので、ウイルスはできるだけ宿主細胞を傷害せず共存していこうと戦略を立てているのではないかと考えます。つまり、ウイルスが望んでいる細胞との関係は、生物の相互関係から考えると片利共生(片方にのみ利益を与え、宿主に害を与えない関係)であり、寄生(寄生者が利益を得て、宿主が害を受ける関係)ではないのだろうと考えられます。ウイルスは細胞に感染する際に他の細胞の遺伝子を運び込むことが可能なので、ウイルスが生物の進化を促進したという学説もあります。生物の進化を語るくらいの時間的なスケールで考えると、相利共生(互いに利益を得る関係)という側面もあるのかもしれません。

学びたい時がやるべき時です

インタビュー風景

私の研究分野は、細胞や動物を使用した実験によって証明していくタイプの研究活動です。修士課程は、本格的な研究の出発時期であり、実験がうまくいかず途方に暮れることもあるでしょう。しかし、これまでの私の経験から、確かな成果は実験した絶対量に比例することは確かです。したがって、実験が好きであることが大学院を目指す第一のポイントと言えます。第二のポイントとして、大学院に進学するのであれば、自分が興味を持てるテーマに取り組める研究室を選んでほしいと思います。学部生で研究したことをさらに継続して研究したい人もいれば、この機会にテーマを変えたいという人もいるでしょう。大学院では、学部より自分の研究テーマに真摯に向き合う必要があります。厳しい状況におかれたとき、興味を持てないテーマでは頑張って苦労を乗り越えることはできないのではないでしょうか。現在所属している研究室以外に進学先を決めたい場合には、現在の指導教員に相談してあなたの意思を伝えることが、その後の人間関係を維持するうえで大事だと思います。それから、修士課程の2年間は、皆さんが予想しているよりも短いです。修士1年生の時にとにかく頑張ることが大事だと思います。

かくいう私が大学院への進学を決意したのは、就職活動をして、実際に入社試験と面接を受けた後でした。面接のために会社訪問した時に、すでに会社に就職していた大学の先輩と話をさせていただく機会があり、私の興味の方向と違うことに気付きました。数日間考えた結果、進学に方向転換しました。これまで、幸いにして大好きなウイルスの研究を継続できる環境にいることができました。学びたい時がやるべき時です。何かを始めるとき、遅すぎることはありません。

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