研究紹介

生命科学研究科 生命科学専攻 近藤寿人客員教授 インタビュー

「SOX2に導かれた、発生の遺伝子制御への道」

生物の発生の基本である遺伝子の調節を明らかにしたい

インタビュー風景

私が高校生の頃はちょうど遺伝暗号が解読されていった時期で、発刊されたばかりの、講談社のブルーバックスなどを通して、これから発展しようとしていた分子生物学に強く惹かれました。またいつしか、その頃の主流であった微生物の分子生物学ではなく、当時は全く手がかりもなかった、しかし動物の発生を支配しているはずの、細胞分化の遺伝子調節を明らかにしたいと夢見るようになりました。

大学に入ってからは、多くの文系の友人と時間をともにすることが多かったのですが、大学の3回生の時は大学紛争の年で、大学のあり方についての議論を交わしつつ、大いに自学自習をする機会ともなりました。私は、教科書はパラパラという程度で、それまでの分子生物学の基礎となった原著論文を読んで自学しました。教科書は、ある学問領域の全体像をつかみ、専門用語の意味を知るのにはとても役に立ちますが、何が未解決の問題であって今後の研究の対象とすべきなのかは教えてくれません。

と言いつつも、私は研究者になるという夢を持ち、そしてそれに向かって勤しむ一方、はじめからプロの研究者としてやっていけるという自信があったわけではありません。そのために、教職に必要な単位もとっていました。このあたりのことは、『科学者になる方法』(東京書籍、2005年刊)の中でも語っています。

さて、大学院に進学する時期になっても、動物の遺伝子などはまだ姿を現してはいませんでした。アフリカツメガエルを使った、John B. Gurdonの体細胞核の受精卵への移植による個体発生は、抜きん出た研究でしたが、それ以外では筋芽細胞をクローン培養してそれから筋繊維を分化させることが、当時の発生生物学の最先端研究の例といった状況でした。

その状況のもとでは、まず遺伝子の取り扱いのプロになることが先決であると考えて、大腸菌の分子遺伝学のエキスパートであった小関治男先生(故人)の研究室で学位をとり、またアメリカのウィスコンシン大学で研究員をした時もJulius Adler教授のもとで大腸菌を用いて研究していました。

遺伝子クローニングとともに訪れた新しい時代

ちょうどそのアメリカにいた期間に、遺伝子クローニング時代の幕が開きました。動物遺伝子にイントロンが見つかり、近くの研究室ではクローニングベクターが開発されていました。私もその方向に舵を切り始めていた頃、京都大学の岡田節人教授の研究室で助手の職を得て、発生生物学に遺伝子研究を持ち込んだ新しいスタイルの研究を始めました。

ニワトリの水晶体で発現されるδ-クリスタリンの遺伝子をクローニングするのが最初の作業でしたが、ひとたびその遺伝子を手にしたらどうするか?私は、クリスタリン遺伝子の制御から、水晶体分化の制御に研究を進めることができると確信して、クリスタリン遺伝子の発現調節の研究を始めました。δ-クリスタリンの遺伝子を持っているのは鳥類と爬虫類だけで、他の脊椎動物はδ-クリスタリン遺伝子の代りにγ-クリスタリン遺伝子を持っています。そこで私は、マウスの様々な組織を取り出して、その各々を単細胞に解離して初代培養をつくり、培養された細胞の数100個の核の各々に10-14 l ほどの遺伝子DNA溶液を顕微注入して、その発現がどうなるかを調べました。すると、マウス自体はδ-クリスタリン遺伝子を持たないにも関わらず、ニワトリのδ-クリスタリンが水晶体細胞に限って効率よく発現されたのです(図1)。このことから、クリスタリン遺伝子は、個別に制御されているのではなく、水晶体という細胞の分化状態を反映するような転写制御のもとにあることが明らかになりました。つまり、δ-クリスタリン遺伝子の発現制御の機構を明らかにできれば、水晶体分化の制御機構そのものだろうと予想できたのです。

図1 ニワトリのδ-クリスタリン遺伝子を核に注入されたマウスの水晶体細胞は、δ-クリスタリンを大量に合成する。(赤色に免疫染色されている)

図1 ニワトリのδ-クリスタリン遺伝子を核に注入されたマウスの水晶体細胞は、
δ-クリスタリンを大量に合成する。(赤色に免疫染色されている)

その後、δ-クリスタリン遺伝子の第3イントロンに水晶体特異的なエンハンサーがあること、そのエンハンサーには、DC5と名づけた最小かつ特異的な活性を持つ30塩基のコアエンハンサー領域があること、DC5には2種類の異なった転写因子が同時に結合することでエンハンサー活性を生み出すことなどが明らかになりました。そして、長い間研究をともにした蒲池雄介氏(高知工科大学教授)の協力のもとで、そのエンハンサーに結合する2つの転写因子がSOX2とPAX6であることをつきとめました。さらに、SOX2とPAX6の転写因子の組み合わせが、水晶体の細胞状態を決めていることも確認することができました。その間に15年ほどの歳月を経ましたが、私の狙いに狂いはありませんでした。

転写因子SOX2が発生の制御の中枢部に導いてくれた

私たちがSOX2とPAX6という転写因子の組み合わせを水晶体細胞で見いだしていた頃、ニューヨークのグループが、ES細胞に近縁の細胞ではSOX2とOCT3(POU5F1が正式名)の転写因子のセットが働いていて、その細胞状態を決めているのではないかというデータを発表していました。両者のデータを突き合わせてみると、SOX2もPAX6もOCT3も、単独でDNAに結合しても遺伝子の転写制御を行う活性はなく、それらの間の複合体をつくって初めて転写制御活性を示すこと、また、どの転写制御因子をパートナーとした複合体かによって、制御標的とする遺伝子のグループが異なること、そしてそのことが細胞の分化状態を決定する機構であるらしいということがわかりました。SOX2以外のSOX転写因子群にもそのような性質があることに気づき、SOX転写因子のパートナー因子が切り替わることによって細胞の分化状態がどんどんと変化するケースがあることも確認して、「細胞の分化状態を決定するSOX-partner code」モデルを提唱しました(図2)。2000年に提唱したこのモデルは、現在では広く受け入れられています。このSOX2が、私が目指していた胚発生を調節する転写制御の中枢部分に、私を導いてくれました。その後、SOX2をコードするSox2遺伝子自身の制御の研究から、胚発生の細胞系譜に関する三胚葉説を否定的に再検討することになったり、神経系はどのような転写制御のもとに発生を始めるのかを示したり、手応えに富んだ研究の展開がありました。これらの研究成果は、近くAcademic Press/Elsevier社から出版予定の”Sox2: Biology and Role in Development and Disease”の本なかにまとめています。

図2 SOX転写因子とパートナー因子の作用で、分化状態が安定に保たれる場合 (A)と、ドミノ的に発生過程が進行する場合 (B)。

図2 SOX転写因子とパートナー因子の作用で、
分化状態が安定に保たれる場合 (A)と、ドミノ的に発生過程が進行する場合 (B)。

また最近は、25億塩基対のゲノムDNAのどこに転写因子が結合するのかを網羅的に調べるChIP-seqという方法が使えるようになって、多くの転写因子が参加する制御ネットワークが明らかになりつつあり、研究は新しい展開の時期を迎えています(図3)。

図3 ChIP-seq法が明らかにする、ゲノム上の転写因子結合部位の分布

図3 ChIP-seq法が明らかにする、ゲノム上の転写因子結合部位の分布

新しい土地を開拓する楽しさ

京都産業大学に赴任してから、石井泰雄助教という頼もしい同僚を得て、神経系からさらに内胚葉や心臓の発生の初期段階まで対象を広げて、新しい研究を始めました。私の研究を自己肯定的に評価するとすれば、他の人よりも先に、全く未開拓ではあるが土壌や資源が豊かな土地を見つけて入植して、汗を流して開墾するといったものです。人の足跡のない土地は新鮮です。時流よりも先に歩いて、時流に乗るよりもむしろ、時流をおこしたい。実際、私の代表的な論文は、発表して少し時がたってから本格的な引用が始まることが多いのです。

私が大学院生の方々になすべきことは、開墾すれば豊富な作物が得られるような土地(研究テーマ)に案内して、一緒に汗を流して、(学術的な)労働の充実感と、収穫の喜びを分かち合うことだと思っています。大学院を経て研究者を目指すのもひとつの道ですが、どのような場合でも、大学院で何かを達成した経験を活かして、研究以外の分野でも存分に活躍できるような力をつけていただきたい。大学院の研究で充実感を味わったうえで、今は企業人として活躍している多くの卒業生たちを、頼もしく思っています。

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