研究紹介

生命科学研究科 生命科学専攻 木村成介教授 インタビュー

「姿を変える植物から環境応答の秘密に迫る」

生物学の道を歩む

ガラパゴス島のトマト 左:山地に生育する種のトマトの葉 右:海岸沿いに生育する種のトマトの葉

ガラパゴス島のトマト
左:山地に生育する種のトマトの葉
右:海岸沿いに生育する種のトマトの葉

私の専門は、環境応答学および分子発生生物学です。環境が変化したとき、動物は安全な場所に移動して逃げることができます。しかし、根を張っている植物は決まった場所から移動することは困難です。それでも、多くの植物は滅びることなく、なんらかの方法で環境の変化に対応しています。本研究室では、環境の変化から植物がどのように身を守るのか、分子発生生物学の側面からアプローチしています。

私自身は、はじめから研究者の道を目指していたわけではありません。大学入学後には教師を目指していました。ところが、卒業研究が面白すぎて、いつの間にか研究者の道に入っていました。ポスドク時代は、米国の生物学や農林学の拠点であるカルフォルニア大学デービス校で過ごし、植物の種間に見られる葉の形の違いを生み出す遺伝子を調べていました。ガラパゴス諸島は進化論を生んだことで有名です。博物学者のダーウィンは、この諸島に生育しているフィンチやゾウガメに着目して進化論を発想しましたが、動物だけではなく、たくさんの植物も採取していました。ダーウィンが集めた植物標本の中にガラパゴス諸島に固有のトマトの野生種が2種類ありました。この2種類のトマトは生育場所が異なっており、山地に育つ種と、海岸沿いに育つ種とがあります。この2種のトマトの葉を見比べると、大きな違いが見られます。生育環境に適応した結果、葉の形が違っていると考えられるのですが、このような形の多様性が、どのような遺伝子の配列の違いから生じているかを調べたのが、私の研究の端緒です。

表現型可塑性の面白さ

本学に赴任する頃から、研究の重点を種間に見られる葉の形の違いから、同種でありながら環境によって葉の形を変えるものへと移しました。このとき選んだのが、ニューベキアという水辺に育つアブラナ科の植物です。この植物は、ちぎった葉から芽も根も生えるので、容易にクローン(遺伝的に同一の個体)をつくることができます。北米の湖畔などの水辺に生育する植物なのですが、日本ではその名前になじみがないかもしれません。実は、日本でも「ウォーターナスタチウム」などの名前で、水槽を彩る「水草」として販売されている植物です。

「水草」というくらいですから完全に水の中に浸かっていても育ちます。ところが鉢植えにしても、これまた普通に育ちます。そのとき、水中と陸上では、葉の形に大きな違いを見せるのがニューベキアの特徴です。また、同じ科のシロイヌナズナは、すでに全ゲノムの完全解読が完了したモデル植物であるため、遺伝子の配列情報を調べていく上でも、ニューベキアは非常に扱いやすい植物といえます。

ニューベキアは水中では1枚の葉にたくさんの深いギザギザのある複葉を発生します。陸上では、まるみをおびた大きな葉となります。このような葉の形の変化は、水中と陸上という生育環境の変化だけでなく、温度の変化や光の強弱によっても起こります。そして、いったん成長し終わると、環境が変わっても変化しません。このように、生物が環境に応答してその姿(表現型)を変えることを「表現型可塑性」といいます。

よく知られている表現型可塑性の例には、バッタの相変異があります。ある種のバッタの幼生が低い密度で生息するときは「孤独相」という普通に見られる緑色の体色のバッタになります。一方、幼虫が高密度で生息すると「群生相」という黒い体色で翅の長い姿になり、大群をつくって田野を襲い蝗害を起こします。移動することができない植物は表現型可塑性によって環境変化に応答していることが多く、ダイズが暗闇で発芽するとモヤシになったり、日あたりの違いによって陽葉と陰葉ができるのも表現型可塑性の例です。変わったところでは、ある種のコンブは生育場所の海流の速さの違いによって形を変えますが、これも表現型可塑性です。

形の多様性と環境応答

環境応答による表現型の違いをDNAレベルで調べるため、実験室では温度・光・水の条件を制御して植物を生育させる。(写真はニューベキア)

環境応答による表現型の違いをDNAレベルで調べるため、
実験室では温度・光・水の条件を制御して植物を生育させる。
(写真はニューベキア)

動植物にはさまざまな種類・姿形のものがあります。これは、さまざまな環境に適応進化した結果であり、遺伝子配列に変化が生じることで多様な形が生じています。一方、私たちが興味を持っている表現型可塑性は、同じ個体があるいは遺伝的に全く同一の個体(クローン)に観察される環境に応答した形の変化です。

ニューベキアでは、水、温度、光の量などの生育環境の違いによって、葉の形が変化する表現型可塑性を示すことがわかりました。また、生育環境が途中で変わると、新しく出てくる葉の形もそれにつれて変化します。環境に応答して葉の形を変化させる植物は多く知られていますが、ニューベキアほどに大きく形を変えるものは珍しいです。

複葉を持つトマトなどの研究から、複葉の葉の発生にはKNOX1Class1 Knotted-like homeobox)遺伝子という転写制御因子が重要な働きをしていることがわかっていました。ニューベキアでこの遺伝子の発現を調べてみると、水没して複葉をつくるときはKNOX1遺伝子の発現が高く、この遺伝子がつくるタンパク質の量が増加していました。つまり、環境条件を変えると、遺伝子の発現が変化して分化に違いを生じ、変化に合わせた形質を表すようになるわけです。

ところで、先にあげた3つの条件の違いで、どれも同じような形の変化が起こります。これは何を意味しているのでしょう。1つ考えられるのは、水でも温度でも光などの環境変化を察知するセンサーが、どれも同じものだからかもしれません。あるいは、センサーそのものはそれぞれ違いますが、その結果として作動する遺伝子が共通しているという可能性もあります。センサーの正体は何か、より下流の遺伝子はどう働くかといった詳細なメカニズムの解明はまだまだこれからです。さらに、3条件以外にも、湿度や光の波長によって葉の形が変わる可能性もあります。ニューベキアの表現型可塑性だけに絞っても、調べることはまだまだ尽きません。

近年になって、DNAの塩基配列を調べるシステムについて、大量かつ高速で処理ができる次世代シーケンサーと呼ばれるものが登場しました。これにより研究に飛躍的な発展が望めそうです。外部研究機関などの協力で、この装置を用いて解析を進めることができるようになり、相互に関連しあう多種の遺伝子の発現を効率的に調べることができます。もしかすると、環境センサーそのものとして作動する遺伝子が見つかる可能性もあるかもしれません。

未知なるものに迫る研究の楽しさ

私たちの研究の方向性は、環境の変化、地球の温暖化などと密接に関連しています。環境変化に植物がどう応答するのかを追求することで、より効率的に光合成ができる植物をつくり出し、農業生産に大きな変革をもたらすことにつながるかもしれません。

また、ニューベキアが示す葉の形態の表現型可塑性がどのように進化してきたのかについても興味があります。ニューベキアの属するイヌガラシ属の植物で、ニューベキアと同じような表現型可塑性を示すものはありません。また、同じニューベキアでも、系統(地域集団)によっては、葉の形があまり変わらないものもあります。こうした違いというのは、もしかしたら、私たちの目の前で進化の過程が起きているのを見ているということなのかもしれません。

大学院で学ぶ、研究するということは専門性を高めるということです。本研究室で学ぶことで、教員や種苗・食品会社などの研究開発職として活躍できる専門性を身につけることができます。しかし、研究の意味はそれだけにとどまりません。研究を進めるには、自分で計画を立て実験を行って検証し、これを見直したりあるいは戻ったりする判断が求められます。また、その過程で他の研究者とのコミュニケーションを図ったり、ディスカッションをすることも多くあります。つまり、研究する力をつけるということは、社会で生き抜いていく力をつけるキャリア教育そのものでもあるわけです。「研究」をするということは、実は社会人になること、社会人として成長することそのものです。

ですから本研究室は、植物科学や生物学を専門としていない学生でも受け入れます。自分で考えながら研究を進めていく過程で知識の不足は克服できると考えているからです。実際に、現在博士課程に在籍するある院生は、創薬やリグニン合成などを学ぶ中から、進化発生学の研究に入ってきました。もちろん、本人が人一倍努力しているわけですが、現在では、水菜(葉がギザギザ)とその変異種ミブナ(葉がまるい)について研究し成果をあげています。

本研究室では「教わる」のではなく、いっしょに考えることを大切にしています。院生一人一人が興味のある研究テーマを選択して研究を進め、学会発表や論文発表などにも積極的に取り組んでもらいます。そうやって考えながら行動することで、未知なるものに迫ることの面白さを自分で感じてもらいたいと思っています。

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