研究紹介

生命科学研究科 生命科学専攻 河邊昭准教授 インタビュー

「染色体の構造変化がDNAレベルでの進化に及ぼす影響」

生物の進化や多様性の機構をDNAレベルで解明していく

河邊昭准教授

生物がどのように進化していくのか、同じ生き物なのに様々な性質のものがいるのはなぜなのかということは生物のことを理解するうえで一つの大きな疑問です。生き物に興味をもっている人なら誰もが一度は考えることではないかと思います。僕自身、両親をはじめ生き物が好きな人が身近にいたせいで、かなり小さなころから虫や魚を追いかけていました。家の近くにある稲荷山は伏見稲荷大社があるためもあって、雑木林や小川などがたくさん有って、神社の常夜灯には夜になるとたくさんの昆虫が集まっていました。小学生のころには夏休みになると昆虫採集をして、いろいろな種類の昆虫がいること、同じ種なのに大きさや色が違う個体がいることを不思議に思っていました。大学に入学するときには「生き物のことをしっかりと学べる環境を」と考えて農学部に進学しました。中学や高校までは学校の授業はすでに知られていることを教えてもらうことが多く、覚えることも沢山あって苦手な科目もありましたが、大学に入ってからの講義は基礎的なことは教わるもののわかっていないことがたくさんあることを教わったり、先生自身が一緒に興味を持って考えてくれるような状態で進められていました。もともと興味がある生物のことだったので興味をもって、先生たちや同級生や先輩・後輩と一緒にいろいろな話をしたり、野外に採集に行ったりしていろいろなことを教わりました。

研究室を選ぶときには植物の多様性を研究できる研究室を希望して、植物遺伝学の研究室に配属され、卒業研究ではヤマノイモ属の分子系統学の研究を行いました。先生の転出などもあって大学院以降は今の研究につながるシロイヌナズナ属の分子集団遺伝学を研究テーマに研究を進めました。塩基配列の決定がようやく一般的になってきたころで、学部学生や大学院生でも特定の遺伝子の変異を調査することが出来るようになっていました。当時はショウジョウバエなどを材料にしてDNAレベルで変異のパターンを調査し、その結果に基づいて新たな理論的な研究が行われ、その理論を検証するために実験的な研究が進められるといった分子集団遺伝学、分子進化学が大いに発展した時代でした。その中で、動物でいろいろと明らかになってきたことは植物でも当てはまるのかどうか、もし違うのならばどのような原因が考えられるのかを検証することを目的に研究を進めました。モデル生物として最もよく使われているシロイヌナズナを材料にして世界に先駆けて様々な成果を出していた研究室で研究を進めることが出来たのは幸運だったのかもしれません。

所属した研究室はシロイヌナズナ属やコムギ連の植物を使った分子集団遺伝学や分子進化を研究するグループがいるだけでなく、コムギやオオムギを使って染色体の研究を進めるグループもあって、研究室に所属する人々はそれぞれが実際に研究しているテーマは違っても、DNAレベルの進化や多様性を考える集団遺伝学と染色体の構造や機能を理解する細胞遺伝学のどちらもの研究に身近に接することができ、様々な話を聞くことができました。僕自身も大学院時代の最終年で染色体を対象として研究を行う機会があり、今も継続している動原体領域の構造と進化の研究を始めました。一つのことしかやっていない研究室ではなく、様々な興味を持った人が異なる材料を異なる観点から研究している研究室だったおかげで、いろいろな方向から研究について考えることが出来るようになりました。

研究室で栽培しているアブラナ科植物ハタザオ

研究室で栽培しているアブラナ科植物ハタザオ

染色体の構造の変化とその原因となる分子的な機構が進化に及ぼす影響

大学院の後半からポスドク時代を通して、そして今に至るまで、染色体の構造の変化がどのように進化に影響を及ぼすのかに興味をもって研究を続けています。進化を研究するというと、表現型(形態や生態など)の変化を調査していくことが多く、中でも適応的な進化についてその様式や原因を明らかにしていく研究が多くなされています。実際にそのような研究は原因と結果の関係がわかりやすかったり、意義がはっきりしているので非常に興味深い研究です。しかし、実際に起こっていることはDNAレベルでの変化であって、その変化には適応進化は関係ないものも多くあります。ゲノム全体でDNAの変異パターンを調査した最新の研究では、実際に自然選択の対象になっている塩基や遺伝子を同定できるようになっていますが、自然選択が働かないもしくは弱い自然選択が働く領域がほとんどだということが明らかになってきています。またDNAレベルの変異が単純に突然変異と自然選択によってその運命や量が決まっているのではなく、周辺領域の変異量や組み換えの程度、発現量、クロマチン構造などが複雑にDNA変異に影響を与えていることが明らかになってきています。

現在、研究テーマとして染色体の構造に大きな影響を与える機構としてエピジェネティックな生命現象に着目して、DNAレベルの進化にどのように影響するのかを解明することに取り組んでいます。特に、ゲノムインプリンティング、トランスポゾン、動原体の3点に関してアブラナ科の植物を用いて解析を行っています。全てDNAやヒストンの修飾によるエピジェネティックな制御機構が大きく関わる生命現象ですが、その厳密な制御機構に関してはまだ理解されていない部分も多く、またそのような機構がどのように進化してきたのかもよくわかっていません。ゲノムインプリンティングを例にとると、どちらの親から由来したかによって対立遺伝子の発現パターンが決定されるという現象は、これまでにその成立の機構に関して様々な議論がなされてきました。有名な仮説としてはゲノム間の軋轢が原因だとするものが有ります。母親側と父親側では子供に対する投資に利害の対立が有って、ランダムに複数回交配するような種では、母親側は全ての子供に均等に資源を投資したいが父親側は自分の子供だけに資源が分配されるようにしたいという相反する状況があるために、資源量を調整するような遺伝子ではどちらかの親の対立遺伝子だけが発現するようになるというものです。実際に、父親由来の対立遺伝子だけが発現する遺伝子には子供を大きく成長させる機能があり、逆に母親由来の対立遺伝子だけが発現するものには子供の成長を抑制する働きがある例があります。このような場合にはお互いに相手の制御を超えるために自然選択によって早い進化をしていくことが予想されています。しかし、アブラナ科の植物を使った我々の研究で、ゲノムインプリンティング制御を受ける遺伝子は早い進化をしていることは事実だが、自然選択の影響ではなく遺伝子の重複がどのように起こるのかが重要ではないかと示唆される結果が得られました。さらに、ゲノム重複した種を解析することでこの結果の一部が支持され、現在はその結果をゲノム全体で検証しているところです。その他の現象に関してもその進化パターンや、進化に与える影響について検証を進めています。また染色体の構造が変化した場合に何が起こるのかを検証するために染色体数の変化が起こっているアブラナ科の種のゲノム配列を決定することもおこなっています。

Type I MADS Box 遺伝子群の系統樹

Type I MADS Box 遺伝子群の系統樹

ハタザオの動原体の存在様式(複数の動原体配列を異なる色で染色体上に示している。)

ハタザオの動原体の存在様式
(複数の動原体配列を異なる色で染色体上に示している。)

様々な分野との交流の重要性

インタビュー風景

今の研究テーマは単一の研究分野のものではなく、エピジェネティックスや細胞遺伝学や植物生理学などの分野の研究を分子集団遺伝学・分子進化学の観点から研究を進めていくものです。実際に研究に携わる際には必ず複数の研究分野に対する興味や知識が必要になる場合があります。僕自身、大学の学部時代に様々な興味を持つ人々との交流が有ったことや、所属した研究室が複数の分野の研究を行っていたこと、ポスドク時代の研究室も研究室間の交流が盛んな場所だったなどの理由で、部分的に興味が重なるうえで様々な意見や知識を聞く機会に恵まれました。大学院に進学した場合には自身の研究が忙しくなったり、研究室内で過ごす時間が多くなったりする場合もありますが、学部生のころには気にしていなかった学会や研究集会、様々なセミナーなどに参加する機会は非常に多くあることがわかると思います。自分の研究には関係が無いと感じても、異なる研究分野の話を聞くことは決して無駄になることではありません。他にも、テレビや新聞、ネットなどにあふれる情報をほんの少し気にかけるだけで自身の研究のヒントになるようなことがあるかもしれません。分野を問わず読書(漫画でもいいかもしれません)をすることで様々な知識を身につけることもできます。知的好奇心を常に持って、知識を蓄える、そしてそれを生かしていくことで研究に深みを持たせることが出来ます。大学院の時期は自身の研究テーマを深く追及していくことは当然ですが、時間を上手に使うことでより深い教養を身につけることが出来る貴重な時間です。研究にもその他のことにも打ち込んで充実した大学院生活をおくるようにしてください。

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