研究紹介

法学研究科 法政策学専攻 浦中千佳央准教授 インタビュー

「ポストモダン社会と警察の新展開〜警察を学問する『警察学』〜」

「警察」を社会学、文化人類学などの手法で研究

私は現在、「警察学」という分野の研究をしています。「警察学」とは聞きなれないかもしれませんが、それは当然で、様々な理由で研究の対象とされてこなかった「警察」を社会学、政治学、文化人類学などの方法を用いて研究する、領域横断型の新しい学問です。

その警察学の研究に至る経緯ですが、私は日本の大学時代は今で言う、「有事法制」の研究をしていました。しかし、政治的なイデオロギー対立が存在し、研究するのには難しい分野でした(未だにそうですが)。有事法制の研究でも、特にフランス第5共和国憲法第16条(共和国大統領非常権限)に関して研究を深めたいと考えました。そして大学院への進学も考えていましたので、研究するなら本場のフランスへと考え、渡仏しました。

いざ、留学してみると、フランスでは既に有事法制に関する議論は時代遅れで、法律学上の論点は出尽くしていたわけです。そこで、「有事法制」発動時に実際、現場で活動する、警察や軍隊に興味が湧きました。その中でも警察を学問する、いわゆる「警察学」の存在を知り、その研究を深めようと思いました。こうして1998年10月から2012年3月まで、フランス南西仏地方にある、トゥールーズ第1大学の警察学研究センター(CERP)にお世話になりました。初めは語学で苦しめられましたが、何とか2009年に博士号(政治学)を取得しました。このフランス滞在時には様々な人と話す機会を得たり、また、警察や行刑施設を訪問したりしました。特にジャンダルムリ(憲兵隊)学校訪問では、訓練施設に寝泊まりして暴徒鎮圧訓練を見学し、催涙ガスなんかも吸いました。

社会の自由度が上がると、警察の介入が高まるパラドクス

書籍

各学問分野で論争が存在し、実は「警察」という概念は定義するのは難しいと言われています。そこでフランス人の恩師は「警察の無い社会はあるが、『警察の機能』の無い社会は存在しない」という仮定の下、「警察の機能」を社会統制論(ある社会や集団がその構成員に対して、内部規律などを順守させるためにとる同調圧力や統制手段)とマックス・ウエーバーの「国家による暴力の独占」という面から解明しようとしました。ある社会、集団には必ずその内部の規則を順守させる働きが存在し、それを司るのが「警察の機能」です。しかし、これだけでは宗教的形式を有する集団が超常現象、神託などの威嚇(心理的強制)により集団内の規則を順守させることも「警察の機能」となるので、「物理的な力による強制に訴える権限」という条件を加えます。でも、今度はマフィアなどの犯罪集団の内部規則(血の掟)を守らせるために加える制裁(リンチ)も「物理的強制力」に該当し、リンチも「警察の機能」となってしまいます。そこで、新たに包括的社会という条件を加えることが必要です。包括的社会は国民、部族、氏族などといった特別に活動が決められていない集団と定義付けられます。このため、宗教的、社会的、経済的、犯罪行為目的を有する集団が行う物理的強制力は「警察の機能」とは呼べなくなります。かくて「警察の機能」とは「ある包括的社会集団の枠組み内で、最重要の社会的内部規則を、集団の名において、また最終的に物理的強制力に訴える可能性を有する役割に就いている、一つあるいは複数の制度により確保される機能」と定義付けることができるのです。

現代社会はポストモダン社会(この定義も難しいのですが)と言われています。個人主義、大量消費社会、高度情報化社会などが発展し、従来からの社会形態が急速に崩壊し続けています。人々は多様な価値観、道徳を持ち、互いの主張が現実、あるいはバーチャル領域で交錯する社会です。これは自由主義、民主主義の国では非常に重要な事ですが、個人間での「共通常識」(コモンセンス)を得られることはなかなかできなくなります。そして個人間の問題調整能力低下、伝統的な家族や地域共同体などを基礎とした社会統制が機能しなくなり出しました。このため、様々な軋轢を個人間、社会に生みだすことになります。結局、こうした社会では、事件・事故への対応、紛争の仲裁を行うことができる、「警察」の役割がより一層重要になるわけです。社会の自由度が上がれば、警察は要らなくなるというのではなく、むしろパラドックス的に、社会の自由度が拡大すると、反比例して警察の役割が増大し、私たちの生活空間に介入してくる可能性があるのです。例えば欧米諸国の警察官一人当たりの負担人口は大体200〜300人ぐらいで、日本は地域にもよりますが、平均で約500人です。つまり、欧米社会は自由な社会ではありますが、その反面、警察でしか安全を守れない社会なので、警察官が日本より人口当たり多く配置されているわけです。私は現在、欧米社会化が進む日本でも同様の事が起こるのかに非常に関心があります。

求められる専門知識とコミュニケーション能力を備えた人材

インタビュー風景

現在、日本では大学4年(学士)を卒業して直ぐに就職するという形態が標準です。この制度に関して色々議論はあるでしょうが、将来的には変化せざるを得ないと考えています。社会が複雑化し、国際化し、より専門的知識を有する人材を求められているからです。そのためには修士、博士号を取得し、且つコミュニケーション能力を備えた人材が必要です。海外では企業、公務員の就職条件として修士以上を求めている場合が多いです。ですから大学院に進学する事はこれから重要となるでしょう。

また、研究姿勢に関してのアドバイスとしては、大学時代に政治学を教えていただいた新田邦夫先生が退官記念に話したことを紹介したいと思います。新田先生はカール・シュミットの専門家で、シュミットは戦後、ナチスのイデオーローグとして批判されたドイツの政治学者です。先生曰く「株屋の殺し文句に『人の行く裏に道あり花の山』というのがある。私が研究を志した当時はシュミットの研究家は皆無で、変な目で見られた。しかし、今、シュミットの再評価があり、研究を続けて来て良かったと考えている。まさに株の格言通りだ」。

実際、私の渡仏時に論点が出尽くしたとされていた「有事法制」ですが、2001年米国中枢同時多発テロ、2005年フランス移民街での大規模騒擾時に布告された危急事態、そして2015年に発生した一連のテロを受けて布告された危急事態とのその長期化により、にわかに有事法制に関する議論が沸き起こり出しました。私が有事法制の研究を続けていたらどうなっていたでしょうか?また、日本でも現在、「緊急事態条項」が政治的イシューとしてクローズアップされ、有事法制の議論も昔ほどタブーではなくなりました。

つまり、その時にはあまり注目されていない研究テーマでも、後にそれが評価される時が来るのです。研究テーマに流行、廃れは存在しますが、これから大学院を目指す諸君は、時代や周りの人に流されず、自分が納得するテーマの研究に是非、打ち込んでもらいたいと思います。

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