研究紹介

法学研究科 法政策学専攻 喜多見富太郎教授 インタビュー

「自治体の実務とアカデミズムを“むすぶ”地方自治論をめざして」

地方自治という名の多世界宇宙

私の研究テーマは「地方自治体の経営規律」です。このテーマに関心を持ったきっかけは、1990年代後半の横山ノック大阪府政で、地方自治体の財政再建にかかわった経験にさかのぼります。

当時、大阪府をはじめとする大都市自治体は、バブル崩壊後の政府による公共投資拡大策に追従した結果、戦後未曾有といわれる財政危機に陥っていました。横山知事は、晩節を汚したことで世間での評価こそ芳しくありませんが、政治的リーダーとしては真に一流の方でした。大衆的人気を背景にして議会や利益団体と一切妥協することなく、当時の自治省をして全国一と言わしめた行財政改革を成し遂げた功績は、その手法と規模において、2008年の行財政改革で一躍名を挙げた橋下徹知事の先駆けといえるでしょう。

私は財政課の査定官として、荒々しい行革の渦中で、人生でこれほど働くことはなかろうと思うほど身を削りましたが、「組織の市民戦争」のあとの荒涼たる風景をながめ、自治体がどれほど血を流しても恢復のゴールが見えない地方財政に捉えどころのない不条理を感じました。当時の私には、大阪府という宇宙しか見えなかったのです。たぶん、自治体で働く多くの公務員の仲間も、皆、自らの宇宙の住人でしかないのです。

私がこの宇宙の中にもう一つの宇宙が遍在していることに気づいたのは、出向した経済産業省での経験や、そこで知遇をいただいた比較制度分析の世界的権威である青木昌彦先生のおかげでした。自治体の実務家、ひいては住民から見える世界と、地方自治制度を制定・運用する立場から見える世界は、本来は一つの世界のはずなのに決して交わることのできない多世界宇宙のようです。

晩学で志した東京大学大学院では、自治体実務と地方自治制度という2つの宇宙が交錯する不可視のガバナンスメカニズムを研究テーマとしました。その成果の一部は『地方自治護送船団−自治体経営規律の構造と改革』という著書に残しています。

実務・制度・定量分析

書籍

私の研究について簡単にご紹介します。実証的な地方自治研究の方法には、大きくいって自治体の実務の視点から観察する方法と、地方自治の諸制度の視点から観察する方法という2つの方法があると思います。このような言葉はありませんが、いわば、“ミクロ地方行政学”の方法と“マクロ地方行政学”の方法です。私がめざしている研究の方法は、この2つの方法を“むすぶ”方法です。

私もそうでしたが、自治体の実務家にとって、地方自治論や行政学は仕事にはあまり役に立たない学問だと考えられています。例えば、地方交付税制度は日本の地方自治制度研究で非常に深く研究されている題材ですが、自治体の実務家で地方交付税制度に関心を持っているのは財政課の中の極一握りの担当者程度でしょう。あるいは地方行政学の主要テーマである地方分権改革でさえ、実務的には、これが仕事に影響しているという実感をほとんど持てないのです。自治体の実務は、明らかに国家的な制度とは別のロジックで動いているからです。しかし、自治体の独自の政策決定は、総体として誘導・統制され、国家的な制度へと還帰していきます。自治体の主観とは別の次元で国家の制度が制度として機能しているのです。1700以上ある地方自治体の独自で多様な政策決定が、総体として意図された国家的な制度へと還帰していく、その不可思議なメカニズムを明らかにしていくことに、私の研究関心があります。そしてその際には、できるだけ未知・未踏のデータを掘り起こし、定量的・網羅的に検証するというのが私の好きな方法論です。

博士論文では、都道府県における自治体実務と地方制度を連結するメカニズムの一環として国家公務員の地方出向が重要な役割を担うというガバナンスモデルをつくりました。そして、都道府県への旧自治省出向者の自治体内部での振る舞いを検証するため、今となっては門外不出となってしまった内政関係者名簿という資料を完全データ化しました。国から地方への出向データをいわば「裏返し」にし、都道府県内部での出向者の人事異動パターンに一定の規則性が創発される機序を実証的に明らかにしました。国の視点からしか見えていなかった出向人事を、自治体からのまなざしで見つめ返したともいえます。

また、京都産業大学に着任してからは、自治体の普通会計決算における歳入額、目的別歳出額、性質別歳出額といった単なる財務データをクロス集計加工して線形代数的に処理することにより、自治体の組織内部における政策形成や事業実施といった行政的な局面でどのような調整と選択が行われているのかを定量的に分析する方法論の構築をすすめています。この研究は、個々の自治体のミクロの行政実践を、全自治体で文字どおり総集計して地方制度としてのマクロの現象を説明しようとするもので、まさに“ミクロ地方行政学”と“マクロ地方行政学”を“むすぶ”試みです。

これ以外にも、主として今世紀に入ってからの自治体の多様な改革実践を、NPOなどの非営利法人を含めた地域社会や市場からの規律付けとの関係から考察・検証し、自治体に対する「住民によるガバナンス」や「国によるガバナンス」とは異なる「地域によるガバナンス」という第三のガバナンスの可能性について研究をすすめています。

こうした研究を通じて、自治体の実務家や住民に「役に立つ」、そして自治体の実務とアカデミズムを“むすぶ”ことのできる新しい地方自治論、行政学の構築をめざしたいと考えています。

学問と社会

インタビュー風景

大学院進学を目指しておられる学生の皆さんに、私のような変則的なアカデミックキャリアを持つ研究者がお伝えできるメッセージがあるとしたら、自治体現場から学問への期待は、これまでは十分に満たされることがなかったとしても、実はやはり大きく熱いものがあるのだということです。学問は実社会とつながり、それをより良くするためにあるということを忘れないでください。特に地方自治の現場では、今、さまざまな改革が模索されています。学問を通じてこうした改革の動きに何ができるのかを考えることの中に、研究者として大きく飛躍するための宝が隠されているのではないでしょうか。

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