研究紹介

法学研究科 法政策学専攻 芦立秀朗教授 インタビュー

「公共政策としてのODA―何のための援助行政なのか」

震災のボランティア経験などが研究のベースに

私の中心的な研究対象はODA(政府開発援助)、つまり開発途上国に対する日本政府からの援助についてです。日本政府は厳しい財政状況の中でもODAを続けていますが、それがなぜなのかというのが大学時代の私の興味でした。行政学を学び、その枠組みで分析するうちにODAは日本政府にとって、財政状況に関わらず支出される国内向けの公共政策と同じ位置づけなのではないかと考え始めました。今回はこのホームページの一文を読んでいただいている皆さんと共に、公共政策としての援助行政について考えてみたいと思います。

私は大学時代にODAについて研究し、ODAが何のための援助かということにずっと関心を持っていました。ベースには1980年代半ばにアフリカで飢饉が起きた時に国際的な支援を呼びかけた「アフリカキャンペーン」があります。子どもの頃にそうした出来事があり、それを知って、何となく国際援助、支援というものに興味を持つようになりました。そして、一番大きかったのは大学時代の95年に阪神淡路大震災があり、被災地に行ってボランティアの経験をしたことでした。

学問的にODAを勉強していく中で、援助はどうして必要かと考えた時、もちろん人道上必要であるということもあるのですが、その一枚看板で国民に支持を訴えるのは不十分だと思いました。その理由付けを考えた時、外交だからというよりも他の農業振興とか、道路整備のような国内政策と共通の理屈があるのではないかと考え始めたのです。他の公共政策と共通点が探れないかというのが私の援助行政研究の第一歩でした。

日本のODAの歴史を考えた時、外務省やJICA(独立行政法人国際協力機構)だけでなく、民間企業などの役割が無視できないことに気付きました。とくにODAが始まった当初はコンサルタント会社が持っている途上国に関する情報が援助政策に大きな影響を与えたという論点から修士論文を書きました。そこからさまざまな登場人物が援助に参加する、関与するということに関心を持ち始めました。そこに出てくる役所以外の登場人物、省庁以外のプレーヤーについてみていきたいと思うようになり、そして「参加」や「ネットワーク」というテーマに行き当たりました。

始めは民間企業をベースに考えていました。第二次世界大戦以前や戦中は韓国やインドネシアなどに日本人が赴いて、現地のニーズを汲んで大型のプロジェクトを実施するというやり方で開発援助が取り組まれてきました。それを背景にして、ODAの初期にも韓国通とか、インドネシア通とかいわれる人たちが現地で援助プロジェクトを発掘してきました。確かにいまでも民間企業の影響は無視することはできません。

NGOなど幅広い参加者がODAを変えた

本棚

ただ、1990年代以降はNGO(非政府組織)、NPO(非営利組織)、近年では大学などさまざまな主体、登場人物が援助に関わるようになっています。民間企業の参加というところからスタートして、もっとより幅広い援助主体のネットワークに関心を寄せることになりました。

ネットワークというのは、幅広い人々が参加するということです。それでは参加することでどんな違いが政策にもたらされるかということを突き詰めて考えるようになりました。たぶんその背景にあるのは私自身が京都大学大学院時代に師事した村松岐夫先生の影響だと思います。村松先生は行政学の専門家で行政改革に関心を寄せておられました。行政改革にはいろんなパターンがありますが、一番分かりやすいのは民営化でしょうか。また幅広い人たちを参加させるという手法も行政改革の類型です。そこで私は行政改革と援助行政をつなげるキーワードとして「参加」というものを捉えるようになりました。

また、アメリカへ3年半留学しましたが、アメリカでお世話になったピッツバーグ大学のガイ・ピーターズ教授も行政改革の類型、パターン分けに関心を寄せていました。彼は大きく4つのパターンに行政改革を類型化していましたが、そのうちの1つが参加モデルと呼ばれるものでした。彼はいつも「参加の結果どういうことがもたらされるのか」「参加がどんな違いをもたらすのか」と問いかけていました。彼の下で参加の結果について研究を進め、博士論文はそのテーマで書きました。

直近の論文では「参加することで政策への支持が高まる」ということをデータを使って示すことができました。義務であれ国益のためであれ、援助政策には国民の支持が当然必要です。政府が意図して参加者を増やしているかどうかは分かりませんが、参加することによって政策への支持が拡大しうるということが「JGSS-2006」データから読み取ることができました。

参加と調整、ネットワークによる統治に着目

調整機能に着目した「参加と調整」というテーマでは、参加者が増えると調整する必要性が高まるのではないかという問題意識から研究を進めています。ガイ・ピーターズ教授も最近、まさにネットワークと調整とを結び付けて論じておられるので、その影響を大きく受けているのだと考えています。

参加者が増えれば必然的に調整が必要になります。私が「参加と調整」というテーマで論文を書いた時には、外務省なり国のODA政策が民間企業のあり方にも影響を及ぼすのではないかということにも言及しました。別に政府に限られたわけではないのですが、いっぱい登場人物がいる中で誰かが調整するということになった時に第一候補として挙げられるのが政府ということになるかもしれません。ここは学問的に議論になっているところです。当然参加者全員に調整の資格はあるのですから、NGOが主導権を持ってやることも理屈では可能ですが、実際にどうやっていくかということになると政府の役割は無視できないでしょう。

参加によって援助政策に対する支持が高まるわけですが、参加にも様々な主体が存在します。日本にいる日本国民から現地で活動する日本のNGOや現地の国民までいろいろな立場の参加者がいます。これらの参加者が援助政策にどのような影響を与えるかということが今の私が最も関心あるところです。

私は途上国に物資を送った経験がある人々やボランティア活動に参加したことがある人々に注目して論文を書きました。そうした活動に参加した経験がある人たちは、日本政府の政策をより支持することになる様だというのが結論です。

先行研究でネットワークによるガバナンス(統治)という枠組みがあります。参加によって政府の関与する領域が減る一方で、援助に関する国家戦略の確立など政府機構の強化という一見正反対の変化が起きています。この変化は従来型の政府(ヒエラルキー)によるガバナンスや市場(マーケット)によるガバナンスという観点だけでは十分説明ができません。そこで自律的なネットワークによるガバナンスという考え方が出てくるのです。

参加することの結果についてはネットワークの議論の中でいくつかのモデルが提示されています。統治の仕方をヒエラルキー、マーケット、ネットワークの3つの要素で考えた時に市場に全部任せるのではなく、従来型のお役所だけがやるやり方でもない、企業やNGO、NPOなど市民が参加して政策決定するという第三の道が援助政策に対する支持が高まる方策だと示唆されています。

地方政治・地方行政の住民参加研究で領域を広げたい

インタビュー風景

参加の帰結については世論を高めるだけでなく、参加によって政策の革新性が高まるとか、コストパフォーマンスを上げることができるという新たな論議もあります。私は地方行政における住民参加にも関心を持っていますので、参加の結果、地方での様々な政策に対する支持が高まったということがデータや事例研究で結論付けることができれば、援助行政を通じてやってきた参加と支持についての研究領域をさらに拡大できるのではないかと考えています。

創設60周年を迎えたODAのあり方については、今年2月にこれまでのODA大綱に代わる開発協力大綱が発表されました。冒頭に「国際協調主義に基づく積極的平和主義の立場から」とあるように安倍内閣色の濃い内容となっています。政府のガバナンス、政府の調整がどちらも強まっているという印象です。もともとODAの基準は軍事援助でないということだったのですが、2010年のハイチ地震に自衛隊がPKO(国連平和維持活動)派遣された頃から民間と自衛隊の協力ということが強調されるようになってきました。今回改めてPKOとの連携が強く打ち出されましたが、これも一つの参加のあり方といえなくもないでしょう。

ODAは、日本の知見とか技術を世界平和のために用いるというのが大きな目的ですが、それをどう運用するかは時の政権によって変わるものでもあります。ただ、ODAが必要な貧困と紛争という問題は密接に結びついています。また、かつて戦争は国と国との枠組みであったのが、9・11以降は国家でないテロリスト集団が戦争状態を引き起こし、その結果貧困が生まれています。そうなると、援助のあり方そのものを考えざるを得ないように思います。

ここまでは私の研究テーマである援助行政と公共政策について書いてきましたが、少し話題を変えて、大学院での学びについて述べてみたいと思います。大学院の授業では、私は「パズルを見つけることが大切だ」といつも言っています。私の場合の援助行政であれば、なぜ参加させるのかということですが、なぜかと考える姿勢が研究者としてはもちろん、社会に出ても求められると思います。根拠のない「べき論」は言いやすいけれど、「どうして?」ということを通じて社会を見ていけば、研究者になる・ならないにかかわらず社会の見え方が変わってくるはずです。また、私は比較という手法をよく使うのですが、なぜかと考える時、その事例だけを見ていても仕方ない場合があります。そんな時にどこかと比べてみることで、答えが見つかることがよくあります。大学院で自分自身のパズルを見つけて、そのパズルを自分自身で解いてみてほしいと思います。