研究紹介

法学研究科 法律学専攻 木村吉孝准教授 インタビュー

「規範科学と経験科学の学際的融合を目指して」

現代社会における租税の重要性

現代の民主主義国家における基本的な財政基盤は税収にあるから、何に対して、どれだけの税金を課するかということは、一国の公共政策のあり方や経済成長に重大な影響を及ぼすことになります。一方、個人であれ、法人であれ、様々な経済活動を行うにあたって、自らの幸福や利益を最大化すべく合理的な選択を行っているはずであり、その時には租税負担のことも勘案しながら最適な意思決定を行っているものと考えられます。つまり、租税負担が納税者の意思決定や行動に影響を与えていることになります。このように課税は国家財政を左右するのみならず、人々の行動を変化させる要因となるため、租税制度のあり様が国民経済に非常に大きな影響をもつということになります。

そこで、どのような税制が望ましいのかという課題に直面することになりますが、税制の分析方法として、大きく分けて経済学による分析と法律学による分析があります。前者は財政学ないし公共経済学の見地から、おもに国家財政や各経済主体に対する課税のもたらす影響を分析し、どのような課税体系が最もよく効率的な資源配分を達成し得るのかということを中心に分析することになります。一方、後者は、所得税法等の実定法をどう解釈し、適用していくべきかという解釈理論ないし解釈原理の解明、さらには法社会学的観点も踏まえた法改正ないし立法のあり方を解明していくことになります。税制研究には、どちらのアプローチも不可欠なものですが、グローバリゼーションや契約内容の多様化が進む近年、租税法学の重要性がますます高まっていると考えられます。

租税法研究の課題

インタビュー風景

私の研究上の中心的な関心は、どのような租税制度が最もよく豊かな経済社会の形成に寄与するのかということにありますが、およそ社会制度が安定的に機能し、持続可能なものであるためには、その制度が社会一般に受け容れられることが必要であり、人々の求める自由や正義、公平に対する要求を満たすものでなければなりません。したがって、租税制度については、その内容を規定する租税法が、国家の財政的基礎となるばかりでなく、人々の納得する公正な課税を実現するものであることが求められます。そこで、その租税法の各規定が、人々の要求に応えるものとなっているのか、あるいは、そのためにどのような法解釈が求められるのかということについて分析していくことが具体的な研究課題となります。

法が守ろうとする利益を法益といいますが、租税法における法益は、担税力に応じた租税負担の公平を担保するとともに、恣意的な課税から市民の財産権を護ることにより、民主主義社会の正義を実現していくことにあると考えられます。ただし、課税の公平と納税者の権利保護、いずれを重要視するかで、租税法の解釈原理は少し変わってくることになると考えられます。

課税は法律の規定に基づいて行わなければならないとする租税法律主義は、納税者における予測可能性・法的安定性を確保するとともに、納税者の私的自治(契約の自由、私法上の選択可能性の自由)を担保するものであり、まさに租税法の根幹ともいえる基本原理といえるでしょう。しかし、租税法律主義を笠に着て、通常は用いる必要のない特異な法形式を選択するなどの方法により、課税要件の充足を避けて納税義務の成立を回避するといった租税回避が行われているような場合に、納税者の予測可能性や契約の自由はどこまで護られるべきなのでしょうか。

租税回避は課税の公平を害するものであり、社会一般の法感情からも看過すべきものでないから、制度趣旨に照らして、法解釈の方法や事実認定のあり方を工夫して、課税逃れを可及的に排除していくべきであると考えるのか、それとも、できるかぎり条文の文言に忠実な厳格な文理解釈を行うべきであって、必ずしも一般に明確とは言えない制度趣旨を振りかざした法の解釈・適用は認められないと考えるべきかが問われることになります。この問題は納税者における予測可能性をどこまで担保すべきなのか、租税法の侵害規範としての側面をどこまで重要視するのかによって異なることになります。

租税法律主義のもと、国家と国民との間の租税をめぐる関係は法律上の関係(租税法律関係)であり、課税要件の充足によって納税義務(租税債務)が成立することになる点に着目すると、租税法律関係は国家と納税者とが法律の規定に基づいて債権者と債務者として対立し合う公法上の債務関係として捉えることができます。ここで、公法上の債務という特質はあるものの、債権債務の関係であるということに焦点を当てるならば、私人間の債権債務関係に準じて、結果の妥当性(課税の公平)を担保すべく、条文の文言を大切にしつつも、制度趣旨を踏まえた目的適合的な解釈をすることはむしろ当然であると言えるでしょう。あるいは、さらに踏み込んで、納税者は誠実に租税債務を負担すべきであって、制度の濫用にあたるような法形式の選択は、租税法独自の見地から、一定の制限を受けてもやむを得ないといった考えも許容される可能性があるということになります。

一方、更正・決定や滞納処分に象徴的にみられる国家の課税権に着目し、また、税法の持つ侵害規範としての性格を前面に出してくるならば、納税者の権利保護がまずもって重要であるということになり、課税の公平を犠牲にしてでも、納税者にとっての予測可能性や私的自治(契約の自由)を優先的に擁護していかなければならないことになります。この考えに基づくと、たとえ租税回避による課税逃れがあった場合でも、それは租税法の解釈・適用による問題解決の限界を超えるものであり、その解決は立法によらざるを得ないこととなります。

通説的には、租税法律主義のもとで文理解釈が求められると言っても、それは原文主義的なものではなく、制度趣旨や目的を考慮した文理解釈であるべきです。しかし、文理から離れた租税法の独自の目的に照らして、適法かつ有効に行われた私法行為を否認することは認められないと考えられています。

したがって、アグレッシブな租税回避が行われたとしても、私法上の瑕疵がない場合には、明文の規定がないかぎり、税法上これを否認することはできないこととなり、結果の妥当性という観点からは疑問が残ると言わざるを得ません。

この疑問を解決する答えは、必ずしも租税法に内在する法原理から導き出されるものではなく、何らかの法外在的な価値基準に照らしてこそ導き出されるものではないかと考えることができます。そもそも租税法は、その立法過程において優れて政策的判断の影響を受けていると考えられるため、成立した租税法の解釈において、少なくとも部分的には外的視点による価値判断の影響を受けることをまったく排除する必要性はないのではないかと考えられます。

そこで、私は法と経済学のアプローチを採用し、事実解明的な分析に加えて、規範的な分析を行い、どのような解釈原理がもっとも社会全体の厚生水準を高めることができるのかという視点から上記の疑問に対する答えを模索していきたいと考えています。大袈裟ですが、いわば規範科学と経験科学を融合して、望ましい租税制度を模索していくことが私の究極的な研究課題です。

大学院での租税法の勉強

研究者の養成と同時に高度専門職業人の育成も大学院の目的です。今日の高度に専門分化した社会において、専門職として携わる仕事の内容がますます高度化するとともに、その責任が厳しく問われる状況になっています。租税法に関する専門職として、税理士や弁護士が顧客のニーズに的確に応え、その職責を全うするためには、大学院において法律学をしっかり学ぶことが肝要です。そこでは租税法の解釈論にとどまることなく、法哲学や法社会学などの基礎法学や立法学も含めて幅広く法律学や隣接科学を学んでいく姿勢が求められます。

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