研究紹介

外国語学研究科 言語学専攻 北上光志教授 インタビュー

「テクスト言語学の観点からの言語分析」

研究テーマの概要とその研究に取り組むことになった経緯

私の専門はテクスト言語学です。主に日本語とロシア語を分析しています。文章の「まとまり」のことをテクストといい、テクスト言語学は、文脈から言語現象を研究する学問です。文脈には話し手や書き手の感情が反映されます。この感情の表れ方は必ずしも安定していません。伝える意味は同じでも形が違う文(例えば、日本語の「手を伸ばして、本を取った」と「手を伸ばし、本を取った」)がよい例です。 どちらの形でも使えそうな、あいまいな表現の使い分けを行うとき、話し手や書き手の心の動きはどうなっているのでしょうか。私は人間の揺れる感情と言語表現の関係に着目し、それらの理論化を研究のメインテーマにしています。

2007年4月にベルリンで講演を行った時に、「明白な白でもない黒でもない、どちらともつかない表現に、どうしてあなたは興味を持つのですか」と、フランスのロシア語研究者から質問されたことがあります。日本では気がつかないのですが、海外では研究者の民族性が注目されます。日本人の尊ぶ『和』の気質、つまり中和という概念が、私の研究方法の原点になっているのだと思います。

私はソ連時代から、ロシア語形動詞の時制、ロシア語直接話法構文の談話的特徴、ロシア語形容詞の長短語尾形と敬語表現の関係、ロシア語副動詞の談話的特徴・異形態・主語の問題、アスペクトの中和現象などについて、ロシア本国ばかりでなく世界中で数多くの研究発表や講演をしています。2006年11月4日(ロシアの祝日「民族統一の日」)には、研究が卓越していること、またロシア語教育の普及に貢献したことが高く評価され、ロシア連邦政府からプーシキン・メダル(文化功労章)を授与されました。

プーシキン・メダル(文化功労章)授与の様子

また、海外での研究発表や講演ばかりでなく、国際インターネット語学教育フォーラム(2014年9月)、国際アスペクト会議(2015年11月)を開催し、海外の著名な研究者たちを数多く招き、日本国内での語学教育と言語研究の発展にも貢献しています。

研究の意義、魅力、面白さ、未来の可能性

私がここ数年取り組んでいる問題は副動詞です。その一端を紹介しましょう。

ロシア語の副動詞というのは、わかりやすく言えば英語の分詞構文で用いられる能動分詞に似ています。現代ロシア語では、完了体副動詞は動詞の過去語幹から形成されるもの(以後、完了体副動詞過去)が規範とされています。ところが18世紀から19世紀にかけて、同じ意味を表す完了体副動詞2形、つまり完了体副動詞過去とその異形態の完了体副動詞現在(動詞の現在語幹から形成された完了体副動詞)が頻繁に用いられました。例えば、例文のuvide-v(完了体副動詞過去)とuvid-ja(完了体副動詞現在)がそれに当たります。

Uvide-v / Uvid-jamat',Antonvstal.
目にする-完了体副動詞アントン立ち上がった
「母を目にしてアントンは立ち上がった」

両者の使い分けについて、従来の研究者たちは、匙を投げ、積極的に考察していません。私は、これらの2形と発話表現、場面変化の関係に着目し、100冊を越える文学作品を統計分析しました。その結果、完了体副動詞現在は、完了体副動詞過去と異なり、発話表現の近くで集中的に分布し、また場面変化を伴う状況での使用が圧倒的に多いことが明らかになりました。

物語を進めていく上で、登場人物の対話場面や急激な状況変化は、読み手の注意を引く重要な要因であり、これらと完了体副動詞現在は深く関わっています。完了体副動詞現在の中でuvidja(目にする)とobratjas’(振り向く)の使用頻度が極端に高いのですが、後者の「振り向く」というしぐさは、「視線を向ける」とも解釈できることを考えれば、どちらも視覚に関連しています。視覚によって得た刺激は、心的出来事を喚起し、それは身体的出来事へと連動します。物語の世界の事実が登場人物にどのように見えるかは、読み手の関心を引くことを常に念頭においている書き手にとって重要な問題です。というのも登場人物のものの見方が、とりもなおさず読み手のものの見方となり、読み手の意識が登場人物に同化しやすく、それだけ読み手を物語に強く惹きつけることができるからです。 同じ命題的な意味を表す場合に、書き手の気持ちが強く働くとき、完了体副動詞現在が優先的に用いられるのです。

大学院進学を目指す学生へのメッセージ

インタビュー風景

私がロシア語に興味を持ったのは、父の影響です。私の父は10代後半で満州(現在の中国東北地区)に開拓団として移住し、第2次世界大戦末期に徴兵され、戦後5年間シベリアで抑留生活を送りました。私が幼い頃、父は収容所での出来事をよく話してくれました。苦しかった捕虜時代に多くのロシアの人々に助けられたそうです。後年私が初めてモスクワに留学したとき、父が語った人々の優しさを追体験しました。

「何のためにロシア語を研究するのか」は、今まで何度も自問自答しました。直ぐに実現することは、「夢」とは呼びません。夢を叶えるには時間が掛かります。そして、夢を追いかけているとき、人は自らの存在意義を強く意識します。短時間で語学は上達しません。精神的肺活量が必要です。このことは短時間で他人の性格を把握できないことと合い通じます。言葉は人が存在しないと生まれません。相手の反応を見ながら話さなくてはいけない時こそ、必然的にその人の人間性が試されます。語学に興味を持った人は、時間をかけて相手とコミュニケーションをとり、その人の持つ文化を知ろうという発想を持たなければなりません。そのための語感は五感をフルに活用することによって培われます。

過去の自分をひっぱり出して、現在できないことの言い訳にしてはいけません。すべてを吸収するのだという気概で前を向きましょう。失敗したら苦しむから、前もって止めておこうというような「経験の食わず嫌い」をせず、とにかくチャレンジして、その結果を成長の糧にしてください。