研究紹介

外国語学研究科 英米語学専攻 加野まきみ教授 インタビュー

「コーパスで英語の語彙・語法・語義の変化を捉える」

コンピュータ技術の進歩により可能になった研究手法

私は、コーパス言語学というアプローチで、英語の語彙・語法・語義分析、借用語の定着過程調査、メタファー(比喩)研究などを行っています。コーパスというのは、日々使用されている言葉を様々な媒体から収集し電子化した大きなデータベースのようなものです。コーパス言語学では、そのコーパスを言語の標本として観察・分析し、言語の実態を明らかにします。ここ数十年のコンピュータ技術の急速な発達により、何億語もの言語情報をコンピュータに蓄積し、分析を行うことができるようになったため、盛んに行われるようになった比較的新しい研究手法です。

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コーパスを使った分析の一例としては、借用語・新語の定着過程の分析があります。コーパスを使って年代を遡ることにより、外国語から入って来た借用語や新語が英語の中でどのように変化して定着していくのかを調査することができます。新しく英語に導入された語は、英語の発音に則した形に綴りが変化したり、他の英語の単語と結びついてコロケーション(連語)を形成したり、接頭辞や接尾辞が付与されて新たな意味や品詞で使われるようになったり、意味が拡大・変化して新しい意味や語法を獲得したりして、英語として生産性を持った語彙として受け入れられます。

例えば、日本語から英語に入った語で最も頻度が高い語の一つにtycoonがあります。tycoonは日本語の「大君」から変化した語で、江戸時代に外国人に「将軍」を紹介するときに使われた称号です。それが英語に持ち帰られて今のtycoonという形になったのですが、今では日本のかつての将軍という意味で用いられることはなく、新聞雑誌などでbusiness tycoon, oil tycoon, media tycoonという形で用いられ、日本で言うところの「石油王」「メデイア王」というときの「〜王」という意味を持っています。またtycoonateやtycoonshipなどの派生語も使用されています。あまりにも日常的によく使われる単語で、綴りも元々のtaikunからtycoonとずいぶん変わっているので、英語話者には日本語だという認識が薄れてしまった単語であると言えます。このような単語を「英語への定着が進んだ語」と言います。

このようなデータに基づく研究を行うようになったきっかけはアメリカ留学中のある出会いでした。世界最大の英語辞書である Oxford English Dictionary (紙のものだと何キロもある分厚い本が20巻で1セット。以下OED )が、CD-ROMたった一枚に収録されていて、パソコンを使って様々な方法で検索できることを知ったことです。日本人留学生だった私の研究プロジェクトの出発点として、私の指導教授がOED を使って日本語から英語に入って来た語彙について調べてみたらと提案してくれたのです。OED に収録されている豊富な用例を丸ごとデータベースのように検索できるのは、まだ大規模なコーパスがなかった時代には、まさにコーパスの役割を果たしてくれました。また、同時期に英字雑誌のTIME も1929年の創刊当時からの全ての記事をCD-ROMに納めて発売しました。それも時代をさかのぼるコーパスの役割を果たしてくれました。

今ではいくつもの大規模コーパスが構築され、研究者や辞書編纂者が使用できるようになっています。その種類は様々で、アメリカ英語やイギリス英語の全体像をできる限りバランスよく再現することを目標に作られた汎用コーパスもあれば、ある特定の分野(新聞、学術、話し言葉など)や特定の話者(子供、大学生、英語学習者など)の発話だけを収録した特殊目的コーパスもあります。また、必要に応じて、自分でコーパスを作成することもあります。例えば、私は本学の英語教育で広く用いられている多読学習で使うリーダーの特徴を探るために、リーダーコーパスを構築しました。英語学習者が英語を読んで「難しい」と感じる要因になるのはどのような要素なのかを探る研究に役立ちました。

ここ数年は、メタファー研究をコーパスを用いて行うということに取り組んでいます。認知言語学者George Lakoffが、メタファー(比喩表現)は、文学などの特殊技法ではなくて、日常的な言語や私達の思考や行動の奥にまで存在しているものだと述べています。Life is a Journey(人生は旅である)というのはまさにその代表的なメタファーで、私たちは人生の様々な時点を旅にたとえて使います(人生の「分かれ道」や「終着駅」など)。本来コーパスは頻度計算や連語の結びつきの強さなどを見いだすには有効なツールですが、意味を分析するのは得意ではありません。しかし、コーパスという豊富なデータを使わない手はないと思い、メタファー研究にもコーパスデータが活かせるようにその手法を研究チームで検討しています。実際に、有名な認知言語学者が議論に使う比喩の用例は実際の英語の中では使われないこともあり、それはコーパスを見れば一目瞭然になります。

コーパス言語学的アプローチは、英語教育にも役に立てることができます。コーパスを使って語彙頻度表を作れば、頻度の高い重要語彙から教えることができます。また教える語彙と共に使われるコロケーションを探ることで、どのような表現を教えるか決めることもできます。また、学習者が産出した英作文やスピーチを収集してコーパスを作成すれば、学習者によく見られるエラーを見いだして分析し、どのように指導をしたらいいか検討することも可能です。

コーパス言語的アプローチの魅力

コーパスを使った言語研究の魅力は、思わぬ事実を見いだすことができることです。ネイティブスピーカーであっても、自分の母語を100%客観的に観察することはできません。通常は誤用とされている表現が頻繁に使われていること、辞書には掲載されていないけれど実際にはよく使われている表現があることなどを大量のデータを分析することで明らかにすることができます。コーパスを使った客観的な分析を行いますから、ネイティブスピーカーでなくても、しっかりと英語を読み解き、コーパスツールや統計を使いこなすスキルを身につけていれば、ネイティブスピーカーが気づかないような英語の用法を明らかにすることができます。コーパスを使用した研究は日本人英語学研究者の強みになり得ると言えます。

コーパス研究者として、非常にやりがいのある仕事だと思うのは、コーパスでの発見を辞書に反映させる作業に参加させてもらえることです。私は小さい頃から辞書が大好きで、英英、英和、和英、国語、その他の言語の辞書などをいろいろ持っています。私のiPhoneの中には常時50種類以上の辞書アプリが入っているほどです。コンピュータが今日のように発達するまでは、辞書編纂者が聞いたり読んだりした用例を紙に書き留めて辞書の作成のための情報を収集していましたが、最近の辞書作りにはコーパスが欠かせません。辞書の改訂の際には、一語一語の見出し語について、コーパスでの用例を見渡して、どのような意味で使われているのかを観察し、英語辞書の中の使われなくなった古い用法をアップデートし、常に最新の状態を維持するだけでなく、より現実に即した用法を記述するという作業を多くの研究者と編集者とともに行います。とても時間のかかる作業ですが、自分たちの成果が辞書という形になって世に送り出されるというのはとても達成感のある仕事です。

言語は常に変化し、新しい語が作られていきますから、研究に終わりはありません。どんな語が新しく追加され、既存の語彙の意味や用法がどんな風に変化していくのか、これからも観察していくつもりです。

大学院進学を目指す皆さんへ

インタビュー風景

大学院というのは自分が興味を持ったことをじっくり探求することができるとても贅沢な時間です。英語学や英語教育学の基本的な理論をしっかりと押さえながら、興味のある特定の分野を掘り下げて行くことができます。同じようなことに興味を持って研究を行う研究者(院生や教員)と出会って様々なことを議論できることも大きな魅力です。

外国語学研究科英米語学専攻を目指す学生さんは、将来教壇に立つことを目標にしている人が多いと思います。大学院では将来に役立つ様々な知識やスキルを学ぶことができます。客観的なデータの分析の方法、最新の教育法に生かされる理論、実践的な教材準備やアクティビティの作り方など、どれも教育の現場で生かすことができるものばかりです。自ら能動的に学び取る姿勢で臨めば、得られるものは計り知れません。

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