研究紹介

生命科学研究科 生命科学専攻 横山謙教授 インタビュー

「エネルギーなくして生命なし」

生体エネルギー学とV型ATPase

私共が興味を持っているのは、生命がエネルギーをつくり出し、それを使う仕組み(生体エネルギー学)の解明です。生体エネルギー学を、V型ATPase という分子の視点からとらえ、構造生物学、1分子観察、生化学の手法を用いて解明してきました。また、生体エネルギーの中心物質であるATPと寿命・老化・病気との関係を、分子イメージングという手法で解明する研究に着手しています。

ATPaseは生体内のエネルギー通貨であるATPを加水分解してエネルギーを取り出す酵素で、筋肉の収縮の原動力になるミオシンのような運動性ATPaseや、細胞内外での物質輸送などに関係するものがあります。V型ATPaseは、イオン輸送性ATPaseに分類され、F型、P型などとともに、生体膜を透過しないイオンを輸送します。

柑橘類をかじると酸っぱい果汁が出てきますね。これは細胞内にある酸性になった小胞によるものです。動物細胞ではリソソームなどの酸性小胞がこれに相当します。この内部が酸性に保たれているのは、小胞の外側から内側にプロトンを輸送する酵素(プロトンポンプ)=V型ATPaseの働きによります。このV型ATPaseは、ATPの加水分解エネルギーを使って、小胞内にプロトンを運び込んでいます。その結果、小胞内のプロトン濃度が高くなり、酸性が保たれます。

V型ATPase の重要性

この酵素は1980年代に酵母の液胞(vacuole)から精製・単離されたため、液胞型ATPaseもしくはV型ATPaseと呼ばれています。原核生物にも V型ATPase を持っているものがあり、イオンポンプや ATP合成酵素として働いています。

V型ATPaseはプロトン輸送を通して、がんの浸潤、免疫、タンパク質の修飾などさまざまな生理現象に関わっています。さらに、膜融合、pHセンサー、ギャップ結合などにも関与していることが報告されています。このため、V型ATPaseの構造や機能の解明はたいへん重要な課題となっています。

たとえば、V型ATPaseは破骨細胞などの細胞膜にも存在し、骨の分解や再吸収に関わりますが、これが働き過ぎると骨粗鬆症になります。V型ATPaseの働きを制御できれば、骨粗鬆症の治療につながります。分子機能と構造というミクロの基礎研究が、将来的にはドラッグデザイン、創薬といった薬学・医学などともつながりをもつわけです。

V型ATPase の構造・機能の解明

タンパク質精製装置:自動クロマトグラフィーでV型ATPaseを精製する。

タンパク質精製装置:
自動クロマトグラフィーでV型ATPaseを精製する。

私が研究対象としてきた V型ATPase は細菌由来のもので、大量に精製でき、比較的安定です。この性質に着目し、構造と機能の両側面からV型ATPaseの研究を進めてきました。

構造については、X線や電子顕微鏡を使った構造解析により、ほとんどの構成サブユニットや重要なサブ複合体の構造を解明しました。さらに、あと一歩でV型ATPaseの全体構造を決定するところまで来ています。京都大学や英国インペリアル・カレッジとも共同研究を行なっており、この分野では、世界的にみても最先端を走っていると考えています。

機能については、タンパク質分子1つの動きを観察する手法を用いて、完全な状態でのV型ATPase の動きをとらえることができました。この結果、V型ATPase は、ねじれることで機能を発現しているらしいことがわかりました。このような機構はこれまでに例のないもので、証明ができれば新たなモータータンパク質の力伝達の概念を提供することができます。

生体エネルギー学研究のさらなる発展

ATPは生命のエネルギー通貨ですが、ATPそのものがシグナル物質として働いていることがわかってきました。我々は、ATPの細胞内濃度と老化との間にある種の相関があることをつきとめました。また、麻酔によってもATPの濃度が変化することがわかりました。バイオセンサーでATP濃度の変化を見ることで、老化や麻酔作用がATP濃度変化と直接関係しているのかを探究しています。ATP濃度を決定する遺伝子を同定することにより、個体レベルでのエネルギー変換から、老化・寿命を決めているものが何かを知る手がかりが得られるかもしれません。

エネルギー変換酵素には、V型ATPase以外にも、呼吸鎖複合体Tなど、様々なものが知られています。薬物動態や活性酸素などとも関連するこれらのものについても、これまでの研究の成果や新たな手法を生かして、共同研究を効率的に進めながら対象を広げていきたいと考えています。

基本をかためよ!他人と違う視点をもて!

生命系の学生にとって大学4年間だけでは、その専門性を生かすという面から見ると必ずしも十分とはいえません。大学院まで含めた6年間で、はじめて専門的な力を身につけられます。企業や産業社会も現在は学生にそれを求めています。

大学院をめざす学生諸君に私が求めるのは「研究したい」という志しに加えて、「基礎学力」です。英語や文章力、考える力など学問の基礎を学んでください。生物学、化学などの基本的な知識があれば、研究室に入ってからでも専門性は身につけることができます。そういう研究に関する「基礎体力」とでもいうようなものが大切です。たとえば材料化学の分野の出身者がタンパク質の構造を探究しようと門を叩くなどといったような、他分野からの挑戦も大いにウエルカムです。

研究では他人と違う視点をもつことが大切です。私のモットーは「人の逆を行く」ことです。あえて人の逆を行く姿勢、これがオリジナルの研究を生み出します。生命系というと、「再生医療」や「がん」などといった巨大なテーマが耳触りのよいキーワードとして聞こえてきます。もちろん、こういった重要なテーマに興味を持つことは良いことです。しかし、大多数の研究者と同じことをやっていては、自分の立ち位置は得られません。一流の研究をするためにはどうすればよいのか。この視点が研究テーマを考える上で大切であり、オリジナリティーの必要性が理解できると思います。ちなみに私の嫌いなことは「付和雷同」です。

私がV型ATPaseの研究を始めたのは大学院生時代の一種の偶然とも言えるようなきっかけからです。ある検体からATPaseをとりだす作業中、F型ATPaseとは異なるATPaseの存在に気付き、これを精製・単離したのがV型ATPase との運命的な出会いでした。その当時はこの分野ではF型ATPaseの研究が主流だった時代です。しかし、私はあえて、この興味深い素材であるV型ATPase に着目し、その仕組みを明らかにしてきました。そして、現在この分野では、国際的にも十分に評価される成果を出し続けています。

異分野交流のすすめ

インタビュー風景

優れた研究に必要なのは優れた材料と優れた技術です。これらをマリアージュできれば優れた共同研究が成り立ちます。V型ATPaseに関して優れた研究成果を出し続けることにより、研究材料としての優位性が広く知られるようになりました。その結果、私どもが研究材料にしているV型ATPase を対象としたさまざまな研究について、研究力がある他大学や研究機関などが共同研究を求めてくるようになりました。従来の生化学中心の研究から、構造生物学、生物物理学、化学といった異分野の研究者との共同研究が進み、さまざまな角度から V型ATPase の機能を解析することが可能になっています。

当研究室では、院生諸君にもこういった共同研究や、工学、医学、薬学などさまざまな異分野との研究、学際的なつながりをもつために、「武者修行の旅」にも積極的に出て行ってもらおうと思っています。こうしたときに、また社会に出て求められるのは、基礎に裏付けられた深みのある専門知識であり、自分ならではの切り口をもつということなのです。広い視野と、オリジナリティーを持つことが、一流の研究を行い、また社会に出て活躍できる人材になる王道であると思います。

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