研究紹介

経済学研究科 経済学専攻 加茂知幸教授 インタビュー

「ゲーム理論を応用して、金融取引の制度設計を考える」

戦略的状況における合理的な意思決定とは

私は大学時代にゲーム理論の存在を知り、大変興味を持ちました。ゲーム理論は商品やサービスの取引や企業間の駆け引きなどの戦略的状況で個人や組織がどのような合理的な意思決定をするかを分析するものです。私は人々の持つ情報に差がある時、望ましいリスク分担をいかにして実現するかという問題に着目し、ゲーム理論を応用して金融取引の規制や市場設計などについて研究しています。

ゲーム理論は、数学者のジョン・フォン・ノイマンと経済学者のオスカー・モルゲンシュテルンが1944年に「ゲームの理論と経済行動学」を出版することによって誕生しました。今では現代の経済学を支える柱の一つになっていますが、経済学の枠を越えてさまざまな分野で応用されています。もともと、米国とソビエトの冷戦下で軍事的な研究としてスタートした歴史があります。

有名なのは「囚人のジレンマ」です。お互いに協調したほうが裏切り合うよりも良い結果になることが分かっていても、双方が自身の利益を優先している状況においては、お互いに裏切り合ってしまうというジレンマです。相手が何をしてくるか分からない状況では、相手の立場に立って考え、相手がこう出てくるなら、自分がどうすべきか整理して考えなさいということでもあります。これが「戦略的状況における合理的意思決定」といわれる問題です。

京都駅前には、ビックカメラとヨドバシカメラという2つの大きな家電量販店があります。2店は競合関係にありますが、独自商品があるわけではないので究極的には勝負は価格です。どちらも高く売れるならそうしたいのですが、一方で相手が値下げしないうちにこちらが値下げすれば、相手の顧客を奪って高い利益を上げることができます。こうした状況下では、相手も値下げをするとどちらもが考えて値下げし合い、顧客の奪い合いは起きませんが、結局どちらも利益が減ってハッピーな状況ではなくなります。また、仮に2店が協力して同じ値段を維持することにしても、お互いが疑心暗鬼になって最終的には同じ値下げ競争という結果になります。協力することで良い結果になると分かっていても、実現できない状況が戦略的状況なのです。

言い換えれば、戦略的状況とは個人的には合理的な行動が社会的にみた合理的行動と一致しない状況です。この場合の社会的とは2店にとってという意味で、家電が安くなって喜ぶ消費者は含まれていません。経済学者にとっては、このかい離をどう埋めるかという楽しい状況ですが、当事者にとってはアンハッピーな状況ですね。この場合の「社会的にみる」というのは大変重要な視点です。例えば、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)も日本国内だけでみるとハッピーでないとしても、世界経済全体でみればハッピーかもしれません。

「リスクを取引する」という逆転の発想

本棚

こうした戦略的状況における取引で、私が注目しているのはリスクと情報の問題です。大学院でケネス・アローの論文を読んで「リスクを取引する」という考え方に感銘を受けました。ケネス・アローの「リスクを取引する」という論文に出会うまで、私の中にリスクを皆で分け合うという発想はありませんでした。株式は、値上がりや配当で株主に利益をもたらすものですが、同時にその会社の持っている事業上のリスクを多数の株主に持ってもらうことで分散していると考えることもできるのです。

自分1人で会社を興して、自分1人で出資金を出さなければならないとすると、成功すれば儲けはすべて入ってきますが、失敗すればその損失を全て自分がかぶらなければなりません。2人で出資すれば儲けも半分、利益も半分、10人であれば儲けも利益も10分の1になります。その権利を売買するのが株式市場ですから、株式市場は会社の事業リスクを取引で分け合う仕組みだともいえるのです。

これは大変刺激的な発想の転換でした。ミクロ経済学の難しい教科書の中にある市場取引や商品・サービスの価格についての難しい記述をすべてリスクに置き換えても成立するということに気づき、それまで抽象的な理論に過ぎなかったものが、ぐっと自分の中に入ってきたのでした。

大学院時代にもう一つ感銘を受けた論文があります。それはデブリューとスカーフの「多人数による取引はある種の法則性を持つ」という論文でした。私は、この論文を読んで商品やサービスの取引で法則性があるならリスクをたくさんの人で分け合った時にも同じことが成立するのではないかと考えました。

ただ、リスクを取引する時の情報の量と質は、それぞれの経済主体によって大きく異なります。例えば株式の場合、その会社が良い業績を上げられるかどうか、詳しく知っている人と全然分かっていない人とがあります。リスクについての情報は、商品やサービスの情報よりもその差が大きいのが一般的です。また、そうした場合には、経済学では取引そのものがうまく成立しないことが論理的に広く知られています。

情報量やその質に差がなく、この商品にはこれくらいのリスクがあるということがはっきりしていれば、妥当な価格で取引が成立します。ところが、売る側、買う側の一方に情報が偏っている場合、取引が成立しにくくなるのです。ケネス・アローの論文は、情報に差がない場合を想定して書かれたものでした。そこで私は、情報に差がある場合にどんなことが起こり得るか、うまくいかないならその欠点を補うためにどんなことができるのかと考えました。この場合、駆け引きの要因が出てきますから、その考察にはゲーム理論が役立つはずです。

情報の偏りの中で、次善の取引を成立させる

インタビュー風景

保険の場合を考えてみましょう。自動車保険の契約者が安全運転をする人なのか、危険な運転をする人なのかを保険会社は知りません。契約者に関する重要情報が偏った状態のまま、これだけの保険金でこれだけの保険料を保証するという契約が結ばれるわけです。安全運転する人ばかりなら安い保険料で十分な保険料を支払うことができますが、中には危険な運転をする人がいるので、少し保険料を上げないといざという時に保険会社が破綻してしまう恐れがあります。そこで保険料を高めに設定すると、安全運転する人は保険料が高すぎるので加入せず、契約するのは危険な運転をする人だけという結果になります。

これがゲーム理論におけるアドバース・セレクション(逆淘汰)といわれる状態です。つまり、望ましいリスク分散が成立せず、保険会社にとって本来契約してほしい人が淘汰されてしまうという問題です。

そこで保険会社は、保険料も保険金も安い保険商品と保険料も保険金も高い2つの保険商品を売り出します。2つの商品から自分にふさわしい商品を契約者に選ばせるのです。そうすれば、安全運転する人は保険料も保険金も安い保険商品、危険な運転の人は保険料も保険金も高い保険商品を選び、保険会社はすべての人に保険サービスを提供することに成功するのです。これがゲーム理論におけるスクリーニング、つまり情報を持たない保険会社が情報を持つ契約者から情報を引き出し、うまく工夫して本来成立し得なかった取引を成立させたケースです。

保険ではスクリーニングがうまくいったわけですが、同じ金融の分野でも株式投資やデリバティブ(金融派生商品)の取引はこうはいきません。情報の均衡を図るためにどういう情報を開示するかですが、これらのケースでは自分に不利な情報、自分が損をする情報は絶対に開示されません。また場合によっては、法律で開示が禁じられている情報もあります。

リーマンショックで、デリバティブ市場は壊滅的な打撃を受けました。何らかの規制や取引市場の設計が必要だと指摘されていますが、まだ理論的に結論は出ていません。デリバティブは、金融市場でリスクを分け合う大変重要な役割を果たしていますが、リスクが大きくなりすぎた時に暴走します。私はゲーム理論を応用して、ベストな取引が成立しない場合にセカンドベスト(次善)の取引がどうしたら成立するかを探っています。まだ、結論には至っていませんが、世界中の学者たちとアイデアを交換しながらゲーム理論を応用して、望ましい金融取引のあり方について研究を進めています。

私は、研究者になろうと思って、大学院に進んだわけではありません。大学院で勉強を深める中で、ゲーム理論という興味深い研究テーマに巡り合い、研究者の道を歩み始めました。大学院では、もう少し専門的に経済学について学びたいという幅広い人たちが学んでいます。本学には通信制の大学院もありますので、社会人やリタイアした人たちもいます。大学院は経済学が面白いから学ぶといういわば勉強の原点のような存在だと思います。多様な皆さんに大学院で来ていただいて、一緒に研究を深めたいと思います。

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