研究紹介

経済学研究科 経済学専攻 福井唯嗣教授 インタビュー

「将来も持続可能な社会保障を目指し、生まれ来る世代にも配慮した論議を提起したい」

今を生きる人々の人生に寄り添う研究を

私の専門領域は公共経済学で、最近おもに研究対象としているのが医療・介護などの社会保険制度における財政問題です。わが国の社会保険財政は賦課方式を基本としています。賦課方式の財政運営の下では、高齢世代に対する給付の財源を働き手である現役世代の負担で賄うことになります。そのため、少子高齢化が進むわが国では、制度の主たる支え手である現役世代が少なくなる中、増え続ける給付の財源をどこに求めるかという問題が生じることになります。公式の人口見通しによれば、わが国の少子高齢化は今後50年にわたり進展していきます。いまの制度を将来も持続可能なものとするためには、より長期的な視点に立って将来の財源確保にも配慮しておく必要があります。

大学時代は、公共経済学やその周辺分野についての経済学理論を勉強し、大学院に進んでからはマクロ経済学、とくに経済成長論の視点に立って研究を進めました。世の中で起こる諸事象から本質部分を抽出して考察していくという理論研究のアプローチに魅力を感じたからですが、実際の制度は非常に複雑で、抽象化された議論だけでは現実をとらえきれず、具体的・有益な政策提言にはつながりにくいのではないかという問題意識を持つようにもなりました。そのような頃、大規模な統計データを基にした実証研究の研究補助をさせてもらう機会があり、その研究をされていた先生のご厚意により研究指導もしていただきました。そのおかげで自らの研究スタンスにバランスが出てきたことに、とても感謝しています。

医療保険給付費(保険対象医療費から患者一部負担を除いたもの。以下、給付費)の財源は保険料と税であり、これらを誰からどのように取るかで常に論議があるわけですが、誰から取るかは別として、いまの給付水準を維持しつつ今後とも財政を持続可能にするのであれば、給付費の増大に応じて保険料と税を増やせばいいのです。ただ今後、高齢化がどんどん進んでいくと、負担は徐々に大きなものになっていきます。はたして負担の増加に将来の国民が耐えられるかは大きな課題の一つです。また、いったい誰がどれくらい負担しているのか、いわゆる負担の公平性にも注目が集まることになるでしょう。

後期高齢者医療制度の前身の老人保健制度は、負担の公平性について問題を抱えていました。老人保健制度は一定年齢以上の高齢者にかかる給付費を工面するしくみでしたが、独自財源はなく、給付費は公費負担すなわち税と各保険者からの老人保健拠出金(老健拠出)とで半分ずつ賄われていました。老健拠出は全国ベースの1人当たり高齢者医療費ではなく、保険者ごとの1人当たり高齢者医療費に連動して分担されていました。そのため、同じ高齢者でもより高齢のお年寄りの割合が多い保険者の老健拠出が高く算定されていました。とくに、高齢者の大半が加入していた市町村国保で老健拠出の多寡による保険料格差が深刻になり、約十年の議論の末、新たにできたのが後期高齢者医療制度だったのです。

後期高齢者医療制度と公平性

本棚

2008年に創設された後期高齢者医療制度により、75歳以上に対する給付費のうち、75歳以上の保険料で約1割を、75歳未満の公的医療保険加入者からの後期高齢者支援金で約4割を、税を財源とする公費負担で残りの5割を分担して負担することになりました。しかし、制度発足直後から75歳で年齢を区分することなどに対する世論の反発が激しく、政府は制度見直しを余儀なくされ、民主党政権下では制度廃止へと議論が傾きました。ところが、自由民主党が政権を奪還したのちの2013年の社会保障制度改革国民会議の報告書により、当面は制度存続が確定しました。

後期高齢者医療制度は、負担の分担が明確になった点では評価できます。これまでは市町村国保や被用者保険に加入しつつ老人保健制度の給付対象ともなる、という形をとっており、本人や家族の保険料の一部が老健拠出となって自らの医療費を肩代わりしているという複雑な構図でした。現在はそうした不透明さはなく、75歳以上の高齢者も応分の負担をしています。また、給付費の約4割を賄う各保険者からの後期高齢者支援金は加入者割で算定されることになり、1人当たりの支援金負担額は加入先に関わらず均等になりました。しかし、新たに浮かび上がったのが負担能力の格差の問題です。支援金負担額が同じといっても、年収1000万円の人と300万円の人ではその重みが違ってきます。その調整のために総報酬割が導入され、サラリーマンの保険では働いて得た収入の一定割合を負担する方向に移行しようとしています。総報酬割では加入先に関わらず同じ負担能力の人には同じだけの負担を求めることになるので、いわゆる水平的公平性が改善します。

ここで、医療保険については公平性のとらえ方に注意が必要であることを断っておきます。年金の場合には、現役期の保険料負担に応じた年金給付が受けられるという意味で、負担と給付が連動していますが、医療保険についてはそうではありません。また、給付を受けるのは傷病を負ったときですから、給付が多ければいいというものでもありません。負担の公平性についても異なる考え方があります。傷病リスクが負担能力に関わらず等しく、皆同じくらいの給付を受ける可能性があるという立場に立てば、すべての人が等しい額の保険料を負担するのが公平であるといえます。一方、給付と負担を切り離して、高齢者の医療費を分担して負担しているという立場に立てば、負担能力に応じて負担することが公平であるといえます。

さらに話をややこしくしているのが公費負担の存在です。例えば市町村国保や協会けんぽについては給付費や支援金の一部を公費負担で肩代わりするなどしています。さまざまな形で公費負担が入れられることで、結局誰がどの程度保険料や税を負担しているのかが非常に不透明になるのが現行制度の問題です。

医療保険制度の持続可能性と公平性の確保

インタビュー風景

現行制度が今後も存続するなら、高齢化の進展によって保険料も公費負担も確実に増えていきます。それにどう対処していくかがこれからの大きな課題であることは間違いありません。その課題への対処法は明確で、@高齢化の進展を止める、A給付費を抑制する、B公費負担を引き上げる、C保険料を引き上げる、の4つに分けられます。

@について、このところの政府内の議論では少子化対策や外国人の受け入れなどを強化して高齢化に歯止めをかけることが検討されています。しかしながら、少子化対策が仮に功を奏して合計特殊出生率が大幅に上昇したとしても、それが人口の年齢構成に影響し始めるのは何十年後なので、その時点ではもう高齢化は結構進んでしまっています。また、高齢化を押しとどめるほどに外国人を受け入れるとするなら、それはかなり大規模なものになります。果たして人口政策が抜本的な対処法になるか、疑問の余地があります。

Aについて、今後は給付対象を優先度の高いものに絞る方向に議論が進んでいくと思います。たとえば、消炎鎮痛剤など傷病の治癒に直結しないものは保険の対象から外す、あるいは過度な長期入院を抑制するといった医療費の抑制や、負担できる人にはより多く負担してもらうような自己負担引き上げによる給付費抑制などの議論も出てくると思います。しかしながら、そうした努力を積み上げてもやはり高齢化進展によって負担が増えていくことに変わりはありません。

Bについては、社会保障・税一体改革において消費税の増税が実施されました。消費税は年齢や就業の有無などに関わらず国民が幅広く負担する税ですので、課税ベースが広く、消費税増税には現役世代だけではなく高齢世代にも応分の負担を求めるという政策的意図があります。しかし、公費負担の投入は負担の公平性についての透明性を薄れさせるという副作用があります。今後とも消費税引き上げは政治的課題となっていくでしょうが、一体何に使われているのか分からないまま消費税の負担だけが増えていく、というように国民がとらえた場合、世論の風当たりはますます強くなるでしょう。

Cについては、働き手である現役世代に負担が目に見えて集中するため、世論の反発はより強いかもしれません。しかしながら、今の幼い世代、またこれから生まれ来る世代の視点に立てば、その評価は異なったものとなります。

社会保障・税一体改革の中で行われた公式推計によると、医療保険制度における給付費を賄うための保険料負担は2012年度から2025年度までにGDP比で4.2%から4.7%へと約1.1倍になりますが、私どもの共同研究では2025年度以降も保険料負担の増加は続き、2060年くらいには2012年度比で約1.5倍まで増加する見込みです。その頃保険料を負担するのは今の幼い世代、そしてまだこの世にいない将来世代です。彼らに過度の負担を負わせないための一つの方策、それが保険料の事前積立です。今年の給付費を賄うのに必要な保険料以外に、将来負担の軽減のための保険料を現在世代が負担して、その分を積み立てておけば、将来世代はそれを取り崩すことで保険料の過度の増大を避けることができます。もちろん、保険料の事前積立は現在を生きるすべての人にとって負担増となるので、実現には十分な国民の理解が欠かせません。

社会保障制度改革は国民一人ひとりの人生に大きく関わる課題であり、また、すべての人が納得する解を見出すのが難しい研究テーマです。同様の社会問題について大学院の2年間をかけて研究することで、データの収集能力、物事を多角的かつ客観的に捉える洞察力、論理的思考法などが身につくと思います。表層的な論議を疑いの目で見て、自分自身の思考力で物事の本質に迫る能力をもった、学部卒とは一味違う人材になって社会に出ることができるでしょう。

PAGE TOP