千葉志信准教授、千葉直美研究員らが東京大学、奈良先端大学との共同研究によりタンパク質膜組込装置YidCがもつ重要な性質を明らかにしました

 総合生命科学部・千葉志信准教授、千葉直美研究員らが、東京大学、奈良先端大学との共同研究により、タンパク質膜組込装置YidCがもつ機能的に重要かつユニークな性質を明らかにしました。本研究成果は、タンパク質膜組込という細胞の持つ基本的な生命システムについての我々の理解を深めるものであり、生命科学分野の基礎研究の発展に貢献するものです。

 本研究成果は、2015年4月8日付で、米国雑誌The Proceedings of the National Academy of Sciences USA(米国科学アカデミー紀要)のオンライン版に掲載されました。

掲載論文名

 「Hydrophilic microenvironment required for the channel-independent insertase function of YidC protein」(YidCの作る局所的親水性環境がチャネル非依存的な膜組込機能に重要な役割を果たす)
doi: 10.1073/pnas.1423817112

著者

 千葉(下川)直美(京産大)、熊崎薫(東大)、塚崎智也(奈良先端大)、濡木理(東大)、伊藤維昭(京産大)、千葉志信(京産大)

発表概要

 タンパク質を細胞膜に組み込むことは、細胞が実行しなければならない基本的な機能で、細胞の生育に必須です。YidCと呼ばれる膜タンパク質は、細菌からヒトまで広く保存された重要な「タンパク質膜組込装置」です。また、他のタンパク質膜組込装置と異なり、YidCは、チャネル(タンパク質を透過させる孔)を使わないようなユニークな膜組込装置であるらしいことが、最近の私たちの研究から分かってきました。このことは、同時に、チャネルを使わずにどのようにしてタンパク質を膜に挿入するのか、という根本的な疑問を我々に投げかけました。今回私たちは、生きた細胞内でのYidCの在り方について調査し、YidCが、本来であれば水分子を排除するはずの膜内環境に、局所的に、水分子を含むような特殊な環境(親水的な環境)を作り出しているらしいことを突き止めました。そして、この親水的な環境を作り出すことが、YidCによるタンパク質の膜組込に必要であることも明らかにしました。さらに、YidCが、背反する電荷同士の生み出す静電的な引っ張り力をタンパク質膜組込の駆動力として利用しているという、最近私たちが提唱したモデルを、さらに裏付ける結果を得ました。以上の結果は、YidCが、チャネルを使わずにどのようにしてタンパク質の膜組込を成し遂げるのかという根本的な疑問の解明に重要な手がかりを与えるものと期待されます。

発表内容詳細

背景

 すべての細胞は生体膜によって区画化されています。生体膜は、物質透過を制限する「バリアー」として働くことで細胞を形づくり、また、細胞内環境を一定に保つことに貢献しています。一方、細胞が生きていくためには、膜を超えた物質の輸送や情報伝達などが必要です。脂質二重層で出来た膜に組み込まれた様々なタンパク質(膜タンパク質)が、生命活動に必須なそれらの機能を担っています。
 膜タンパク質を正しく膜に組み込むこともまた、細胞の生育に必須です。このプロセスは、自発的に起こるのではなく、「タンパク質膜組込装置」の働きによって初めて可能になります。内在性膜タンパク質は、脂質二重膜を貫通する形で膜内に埋まっており、膜を貫通している部分(膜貫通領域)と、細胞の内外に露出した部分(それぞれ細胞内領域と細胞外領域)から構成されています。膜貫通部分は水との接触を排除し脂質との接触を好む性質(疎水性)を持ち、逆に、細胞内外に露出した領域は水に親和性が高く脂質との接触を嫌う性質(親水性)を持ちます。このような性質は、膜タンパク質が、疎水性の膜貫通領域を疎水的な脂質二重層に埋め、親水的な細胞内外の領域を、水分子に満ちた膜外環境へと露出させた形で安定に存在するために必要です。ところで、もともと細胞内で合成されたタンパク質が、このような最終形態へと移行するには、親水的な細胞外領域が、疎水的な膜を透過し反対側へと輸送される必要があります。ところが、タンパク質の親水的な部分が疎水性の膜を透過するのはエネルギー的に容易ではありません。脂質二重膜は、親水性分子を透過させない「バリアー」としての性質があるからです。タンパク質の膜組込のメカニズムを理解することは細胞生物学上の重要な課題の一つですが、中でも、細胞が、どのようなメカニズムでこの物理化学的な困難を克服しているのか、という点は、タンパク質膜組込の機構を理解する上で本質的な疑問であると私たちは考えています。
 「タンパク質膜組込装置」は、それ自体が、膜タンパク質で出来ています。以前の研究では、YidCと呼ばれるタンパク質膜組込装置は、2分子が会合し、膜を貫通するチャネル(孔)を形成することで、基質膜タンパク質の親水性の細胞外ドメインを膜の反対側へと透過させるものと考えられていました。ところが、最近になり、東大・濡木理教授、奈良先端大・塚崎智也准教授らは、YidCの結晶構造を明らかにし、YidCが、膜内に「溝」のような構造を形成していることを見出しました(図1)。

図1. YidCは、細胞質膜内に、親水性の溝を作る。
YidCの溝は、細胞質側(下方向)と膜内(横方向)には開口しているが、細胞外側(上方向)には開口していない。この溝の内側表面には、親水性残基が多数存在する。また、塩基性残基であるアルギニンがその中央奥付近に存在する。このアルギニン残基は、基質膜タンパク質を静電的に引きつけることで、膜組込を駆動していることが示唆されている。今回、この溝の内部が、生細胞中で、実際に水分子を含むような親水的な環境であることが示された。また、この親水性が、YidCによるタンパク質膜組込に必要であることが示された。アルギニンが溝の内側にあることが重要であることも示され、以上のことから、YidCは、膜内に親水的なミクロ環境を生み出すことで、タンパク質組込に適した場を提供しつつ、アルギニンの静電的引っ張り力でタンパク質の膜組込を駆動していることが示唆された。


 この膜内に出来た溝は、細胞質側と膜方向には口を開けているものの、細胞外側は閉じた構造をしており、これでは、YidCが二量体を形成しても膜を貫通するチャネルを形成するとは考えづらく、このことから、YidCはチャネルに依存しないような膜組込装置なのではないか、という新たな可能性が浮上しました。奇妙なことに、この溝は、本来疎水性環境である細胞質膜中にあるにもかかわらず、膜の内部に露出しているはずの表面に親水性アミノ酸残基を多数含んでいました。さらに、その中央付近に保存されたアルギニン残基があり、そのために正電荷を帯びていることが予測されました。構造情報を元に私たちが行った遺伝学的解析から、この溝の正電荷が重要であることが分かり、さらなる解析から、YidCは、この親水性の溝にあるアルギニンの正電荷を使って基質の負電荷を帯びた領域を静電的に引きつけることで膜組込を駆動しているというモデルが導かれました。この一連の共同研究は、昨年、Nature誌に掲載されました。一方、既に述べたように、疎水性環境である膜中に親水性のアミノ酸残基に富んだ溝があるという状況は、物理化学の常識に反するものです。そのため、本当にYidCが、膜内に親水的環境を、それも、実際に生きている細胞中で生み出しているのかどうかを検証することは重要です。そこで今回私たちは、膜内には本来存在しないはずの水分子が、YidCの作り出す溝の中に存在しているのかどうかを調べることにしました。

研究結果

 枯草菌のYidCホモログであるSpoIIIJを遺伝学的に改変し、分子内の様々な部位にシステイン残基を一つだけ持つような各種SpoIIIJ変異体を多数作成しました。そのようなSpoIIIJ変異体を枯草菌細胞中で発現させ、NEM(N-ethylmaleimide)と呼ばれるシステイン修飾試薬で細胞を処理しました。システイン残基がNEMで修飾される反応は水分子に依存します。したがって、システインがNEMで修飾を受けた場合には、その場所に水分子が存在することの証明になります。この性質を利用し、SpoIIIJの様々な部位に導入したシステイン残基のNEM反応性を体系的に調べ、SpoIIIJの溝の環境を調査しました。その結果、SpoIIIJの溝が、本来疎水的環境であるはずの膜内に、実際に、親水的で水分子がアクセス可能な環境を作り出していることが実証されました。
 次に、SpoIIIJの溝の親水性アミノ酸を疎水性アミノ酸に置換することで、溝の親水性を損なわせる変異体を作成しました。すると、そのようなSpoIIIJは、タンパク質を膜に組み込む活性が低下していることが分かりました。このことから、この溝の親水性が、タンパク質膜組込に重要な要素であることが分かりました。
 既に述べたように、この親水性の溝にあるアルギニンの正電荷がタンパク質の膜組込に重要であることが分かっています。このアルギニンの位置を様々な場所に移動させたような変異SpoIIIJを多数作成したところ、このアルギニンが溝の内側表面にあるときにだけ、SpoIIIJが活性を発揮することが分かりました。この結果は、SpoIIIJの溝の正電荷が基質膜タンパク質の負電荷を帯びた領域を静電的に引きつけることでタンパク質膜組込を駆動しているという、我々の提唱したモデルをより強固に裏付けるものとなりました。
 以上の結果から、タンパク質膜組込装置YidC (SpoIIIJ) は、生細胞中で、本来疎水的な脂質二重層からなる細胞質膜に局所的に親水的な環境を作り出すという、ユニークな性質を持つ膜タンパク質であることが分かりました。また、この性質が、タンパク質膜組込というYidC機能の鍵を握るものであることも示されました。基質膜タンパク質の細胞外ドメインが疎水的な脂質二重層を透過することはエネルギー的に困難ですが、そこに親水的なミクロ環境があれば、そのような困難さが軽減するものと考えられます。そのような特殊な環境を提供するとともに、溝内部のアルギニンを介した静電的な引きつけ力を利用することで、YidCは、タンパク質の膜組込という大仕事を成し遂げているものと思われます。タンパク質の膜組込におけるYidCのこのような働き方は、膜内にチャネル(孔)を形成することでタンパク質の膜挿入を行っているSec複合体と呼ばれる膜組込装置とは対照的で、タンパク質の膜組込には様々な戦略があることを示す興味深い実例と言えます。

 
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