総合生命科学部 横山教授らのグループがイオン輸送を担う回転分子モーター内の仕掛けに由来した“動き”を光学顕微鏡で直接観察することに成功

― 生体内でのエネルギー変換の仕組みに関わる現象を捉えた。ナノ(100万分の1ミリメートル)の世界で駆動する分子機械(ナノマシン)の動作原理の理解に一助 ―

概要

 ATP合成酵素は、生体内のエネルギー生産や細胞の恒常性の維持に直接関わる重要な膜タンパク質です。この酵素の特徴は、ATP合成・分解とイオン輸送を担う2種類の回転分子モーターからなり、それぞれが共通の回転棒で連結されていることです。回転運動を介し、化学反応とイオンの流れの変換が可能な超小型・高性能の分子機械として、(もちろん私たちの体の中でも)働いています。

 京都産業大学、大阪医科大学、早稲田大学、独立行政法人 科学技術振興機構、大阪大学の研究グループ(代表:京都産業大学総合生命科学部 横山 謙 教授)は、1分子のATP合成酵素の動きを観察することにより、イオン輸送を担う回転分子モーターが約30°ごとに小停止する現象を直接捉えることに世界で初めて成功しました。この小停止が、回転分子モーター内の構造に由来することが示唆されました。

 この結果は、イオンの流れとATP合成・分解の変換の仕組みを理解するための一助になります。将来、その仕組みが解き明かされれば、高性能な分子機械の開発につながることが期待されます。

 本研究成果は、2011年3月8日に英国科学雑誌 Nature Communications (Nature Publishing Group 発刊) に掲載されました。

背景

 バクテリアから私たち人間まで、全ての生命の活動には、ATP(アデノシン三リン酸)と呼ばれる共通のエネルギー通貨が使われています。ATP合成酵素は、その名の通り、食物などから得られたエネルギーを用いて、このATPを作り出す膜タンパク質で、VoV1やFoF1 などの種類に分類されます。これらは、膜内に埋もれたVo(Fo)部分と、膜から突き出たV1(F1)部分から成り立ち、膜内外への水素イオンの流れと、ATP合成・分解(化学反応)を結びつけています。面白いことに、VoとV1は、それぞれが回転分子モーターで、それらが共通の回転棒で連結しているため、水素イオンの流れとATP合成・分解という異なる機能が、回転運動を介して結びついて(共役)います(図1参照)。つまり、ATPを分解して得られた化学エネルギーを用いて、水素イオンを汲みだし、膜内外にイオン濃度勾配を作ったり、逆に、膜内外のイオン濃度勾配(電気化学ポテンシャル)によって流れる水素イオンの流れを利用して、ATPを合成したりすることが可能です。生体内では、主にVoV1が前者の働きを、FoF1が後者の働きを分担しています。

 このように、生命活動に必要不可欠なエネルギー変換が、回転運動を介して行われていることは分かっていました。しかし、「どのようにして回転運動によりイオンを輸送しているのか」その仕組みは、ほとんど分からないのが現状です。

内容

 VoV1 は、主にATPの加水分解エネルギーを用いて、水素イオンを輸送するイオンポンプとして働きます。研究グループは、一昨年度 V1の構造をX線構造解析で明らかにしました(Maher et al, EMBO. J., 28, 3771-3779, 2009) 。

 今回の研究では、直径 40 nm という微小な粒子を V1 もしくはVoV1 に結合させ、ATPの加水分解に伴う回転運動を、1分子を対象にして観察しました。この大きさの粒子を使うと、回転するときに発生する溶液との抵抗がほとんど無視でき、回転分子モーター本来の挙動を観察することができます。V1 部分だけの回転では、一回転(360°)あたり、3つあるATP触媒部位に対応した3つの小停止が観察されました(120°ステップ:図2)。一方VoV1 では、それよりも細かな小停止が観察されました。さらに詳細な観察・解析を行った結果、図3のように約30°ごとに小停止することがわかりました(30°ステップ)。Vo 部分には12個の水素イオン結合部位が存在する(Toei et al, PNAS, 20256-, 2007)という以前の我々の結果と整合性があり、観察された30°ステップは、 Vo 部分で行われている水素イオン輸送に関連した現象だと考えています。本研究により、ATP1分子の加水分解による120°毎の動きで数個のイオンが一度に動くわけではなく、30°毎に分割されてひとつずつ輸送されている可能性が、回転の直接観察によって示唆されました。

今後の展開

 イオン輸送に関わる素過程を直接観察することは、「回転運動がどのようにしてイオンを輸送しているのか?」 という疑問に答えるために必要な最初のステップに過ぎません。Vo 部分の構造は残念ながら一部しか解明されておらず、イオン輸送の構造的基盤は明らかになっていません。今後は、VoV1 の結晶構造解析と、本研究の観察実験を並列して推し進め、回転によるイオン輸送機構の全容を解明したいと考えています。

 イオン濃度勾配を回転運動に変換する分子機械は、現在の私たちの知識や技術では、到底真似することはできません。その動作原理の解明は、学術的な興味だけでなく、高性能な分子機械を創製する上でも重要だと思われます。

図1 ATP合成酵素の概念図
回転運動を介して水素イオンの輸送と化学反応を結びつけている

図2 V1のATP加水分解による回転運動
ATP濃度が高い(左図:4mM)場合も、低い場合(右図:40µM)も120°ごとに小停止する

図3 VoV1のATP加水分解による回転運動。ATP濃度は40µM
V1でみられた120°ごとの小停止はほとんど見られず、〜30°ごとの小停止が新たに観察された。
また、拡大図のように、〜30°を行ったり来たりする現象も見られた

掲載論文名

Resolving stepping rotation in Thermus thermophilus H + -ATPase/synthase with an essentially drag-free probe
(ほぼ無負荷のプローブを用いて、好熱菌由来のH + -ATPase/合成酵素のステップ状回転を明らかにした)

古池 晶(大阪医科大学、早稲田大学)、中野 雅裕(東京工業大学、大阪大学)、足立 健吾(早稲田大学、現学習院大学)、野地 博行(大阪大学)、木下 一彦*(早稲田大学)、横山 謙*(京都産業大学、東京工業大学、ICORP)(*責任著者)

 
PAGE TOP