Part.3

K.T.さんから

人民服を着てクラスメートと記念写真を撮った思いで深いあの卒業式から早くも4ヶ月が過ぎました。以来一度も産大に足を運ぶ機会が無くご無沙汰しておりますが如何お過ごしでしょうか。


現在私は廣西の梧州に来ております。前回の葉書でお知らせしたように今年中に出張と言われておりましたが、予想をはるかに上回り、配属三ヶ月目にして中国出張が現実のものとなりました。入社以来通訳の仕事はほとんど無いものの翻訳の仕事がかなりあり、毎日《中日化学用語辞典》を机において仕事をしてきました。今回私の勤める会社が中国と合弁で梧州にプラント建設することになりました。9月稼動を前に忙しく、私もデスクワークを離れ一度現場を見てこいとのことで独り狩り出されたというわけです。こちらでは毎日建設関係、技術関係、化学薬品関係の通訳をしております。日本で準備してきたというものの、毎日数時間も難解な用語を使い通訳していると身も心も疲れ果ててしまいます。こちらに来て一週間になりますが、昨日土曜日、今日日曜も仕事と目がまわる忙しさです。


そんな忙しい中でも何とか時間をつくって梧州の街をうろついてきました。例年のことのようですが、今年はちょうど今が洪水の時期で梧州の街も水浸しです。街を走るバス、自転車すべての交通機関が木で出来た粗末な船に変り、街の機能はほとんど麻痺状態です。もともと麻痺するほどの大きな街ではなく、みんな「今年も洪水の季節か」といったような調子でのんびりしてます。ちなみに街一番の豪華ホテルが三ツ星で(香港と合弁)200元程です。日本料理屋はもちろんありませんが、最近「石野」という名の“日本式料理店”が建設中なのを発見しました。近々開店のようなので一度試してみようと思います。


今年の洪水は最高23cmに達しひどかったのですが、1994年には26cmにもなったことがあるそうです。会社の工場は高い位置(25?)あるので今年は大丈夫でしたが1994年には一階全て浸水、今でも門の基礎に赤い線がひいてあり当時の水位の記録が刻んであります。


こちらで中国人と仕事をしていて、通訳の仕事も大変なのですが、それ以上に中国人の会社内での人間関係には私の上司もかなり頭を悩ましているようです。誰がどれだけ給料をもらっているのか全てわかっているので自分より能力のない者が自分以上に給料をもらっていると面子がつぶれると妬み、日本側からの総経理と中国側の副総経理が仲が悪くて会社運営に問題があったり、合弁の従業員はほとんど国営企業出身なので給料以上の仕事は絶対しようとせず、他人になすりつけ、建設を請け負っている業者は“たかり根性”丸見えの見積書を提出してくるし…。今回私はこの梧州プロジェクトを通じて勉強していくだけで責任はありませんが、何とかうまくやっていかないと本当に危うい状態です。今後私も何かプロジェクトを任されることと思いますが、先が思いやられます。


梧州はご存知のように廣東語圏(廣州より船で6時間)で、若干の違いはあるものの私の廣東語もしっかり通じます。廣東語が話せることでこちらであう多くの人が親しくしてくれます。外国人自体ほとんど来ない街の人にとって、普通話も廣東語も話せる外人なんて想像出来ないのでしょうか、話すたびに驚かれます。廣東語が話せることでこちらでの人間関係も上手くいき、相手の信頼を得ることが出来れば理想的です。そういう意味では学生時代に習った廣東語も直接仕事に使え、勉強しておいて良かったと思います。7月31日まで梧州で仕事し、後は廣州→香港経由で8月2日に帰国します。今後も度々梧州に来ることとなるでしょう。


K.T.

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