学部長メッセージ

確たる人間教育の場を志す

京都産業大学法学部長

川合 全弘

 保護者の皆様、ご子女のご入学、まことにおめでとうございます。子供の成長は振り返ってみれば早いものとは言え、どのご家族もその道程でそれぞれのドラマを経て、今日の良き日をお迎えになられたことと存じます。ともどもに心からお喜びを申し上げます。皆様方に親しくご挨拶すべきところでございますが、さしあたりここでは、これからご子女の教育の任に当たります我々の心構えをご説明することによって、ご挨拶の言葉に代えさせていただきたいと存じます。

 さて、昨今、国内の社会情勢も日本を取り巻く国際環境も、大きな摩擦と軋みを生じながら、急速に変化を遂げつつあります。高度成長や終身雇用、冷戦下の政治的安定などという、戦後日本人が長らく享受してきた環境に大きなほころびが生じ、いまだ我々が経験したことのないような時代が訪れようとしております。日本はもはや繁栄の頂点を過ぎてしまったのではないか、我々の身の回りにおいてもはるか彼方の世界においても安心と安全の基盤が崩れつつあるのではないかという漠たる予感が、我々の心に不安の影を投げかけております。

 日本国家や我々自身の家庭と同様に、大学もまたこの大きな環境変化の只中に置かれております。国立大学の独立法人化、全国の大学における入試や教学上の様々な制度改革、ロースークルをはじめとする新研究科、新学部の設立などは、時代の変化に立ち向かうために、大学が取り組んでいる試みの一端です。本学部も様々な意欲的取り組みを行なっておりますが、ここで申し上げたいことは、そのことではありません。むしろ私が強調したいことは、激しい変化に人々の心が揺れ動く時代であるからこそ、じっくりと学問に取り組むことを通じて人格の不動の芯を築くことが重要であり、大学はそのための教育の場であるということ、これであり、また学生のそのような人間形成に良き同志、良き先輩として真摯に力添えをすることが我々の務めであること、これです。

 人間は考える葦である、とはパスカルの言です。たしかに我々は、風になびく葦さながら環境に翻弄される弱い存在ですが、他方でまた、考えるというこの上ない力を秘めた尊い存在でもあります。また幕末の戦乱期に福沢諭吉は、教室外に繰り広げられる激しい出来事に動揺する塾生を、学問に専心すべし、と厳しくたしなめたと言われます。そしてまた本学創立者の荒木俊馬博士は、開学にあたって、世界の平和を実現するためにこそ人文・社会・自然の万般にわたる学問を修めなければならない、本学はそのための修練道場である、と喝破しました。説教めいた話に映じるならば、お許しください。ここに先人の言葉を引きましたのは、むしろ今大学教育に携わる我々自身の自戒の趣旨でございます。

 職業生活や家庭生活においてそうであるように、学問においても王道はございません。自らの幸福と国家社会の繁栄へと至る近道や抜け道というものはなく、地道に真摯に学問研鑽に励むこと、それを通じて世の中に貢献しうる聡明で寛容で強靭な自己をつくり上げることが、結局はその本道でありましょう。そしてこれが、ご子女の教育にあたる我々の心構えでございます。保護者の皆様方のご理解とご協力をお願い申し上げる次第です。

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